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琵琶湖OLM(1991/05/03〜05) 渓流部門の報告


191/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(1)
(20) 91/05/08 23:49


 5月3日から5日にかけて、滋賀県奥琵琶湖の葛篭尾崎つづらお荘を
中心として、「琵琶湖OLM」が開催されました。

 OLMに参加した報告をこれから書きます。

 長いので、注意して読んでください。なお、この文章は目次みたいな
ものでして、本文はこの次のメッセージから、ということになります。

 それと、私は一参加者でありますので、記者のような記事を書くわけ
ではありません。したがって、随所に「事実」とは多少異なる「真実」
がちりばめられている可能性がありますので、お含みおきください。

 では、以下に目次をあげます。


 プロローグ  <美山への道>

 第1章    <雨降りしきる>

 第2章    <ハンゴウスイサン顛末記>

 第3章    <流れのほとりで>

 第4章    <原生林の夜>

 第5章    <霧の中>

 第6章    <遡行>

 エピローグ  <ああ、遥かなるかな、山の釣り>


 では、始まります。


192/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(2)
(20) 91/05/08 23:49


 プロローグ  <美山への道>

 5月3日朝6時、名神高速道路京都南インター第1出口は早くも混み
はじめていた。やすひこは焦った。このまま遅刻してしまえば、昨年の
鮎釣りOLM以来のタイムリーエラーである。何を言われるかわかった
ものではない。しかし、名神高速道路は果てしなく混んでいる。こんな
渋滞の中を出発するのは、久しぶりだった。

 6時に名神高速茨木インターに入った。京都南インターまでは22キ
ロ。ゆっくり走っても、ふだんなら30分もかからない距離だ。

 ところが、本線に合流する前から、ノロノロ状態の車の列が見えた。

 あれっ! 渋滞しはじめているとは聞いていたが、これほどひどいと
は思っていなかったのだった。これはちょっとヤバい。ちゃんと時間前
に到着するかどうか、怪しくなってきた。

 ともかく本線に合流する。どの車も、二人3人と乗っている。そうな
のだ。ゴールデンウィークということで、へんな風習が定着しはじめた。
どこかへ出かけなければいけないような気がしてくる、そんな旅行業界
の煽り方だ。

 何とか梶原トンネルまで来る。しかし、この辺りから先がいつもの渋
滞の中心部なのだ。国道を走っているときに出ていた道路情報では、渋
滞は9キロだった。しかし、高速道路に入った時点では、すでに12キ
ロになっていた。とはいっても、これはラジオの情報であり、実際には
すでにその時点で20キロくらいの渋滞になっていたはずである。

 ノロノロと走っているうちに、さらに渋滞はひどくなり、天王山トン
ネルの手前では、ついに30キロに達した。自分が走っているところが、
どうやら渋滞の先頭部分になるらしい。

 しかし、天王山トンネルを過ぎても、なかなか流れは回復しない。よ
うやくのことで、京都南インターについたのは、6時45分だった。

 ふだんなら20分で走れるとして、45分かかったわけである。この
時間がどれほど理不尽なものであるのか、最近ではあまり考えたくもな
くなってしまった。

 京都南インターを出て、すぐに橋を渡る。国道1号線に合流するのだ
が、きょうは車が少ない。まだ人々が動きだしていないようだ。平日な
ら、かなりの車で渋滞しているころなのに。

 今回の琵琶湖OLM、渓流組の待ち合わせ場所は、橋を渡ってすぐの
「牛丼の吉野屋」である。やすひこが到着すると、すでにたんぼり氏と
K++氏、ジョージBB(^_8) 氏、YOKOI 氏が来ていた。

 !?

 姿が見えないのは、噂のMR.BRANCH 氏だけである。どうしたのだろう
・・・

 一瞬、不吉な予感が脳裏を走る。OLMというのは個性をどこまで殺
せるかということもひとつの命題であるように思う。しかし、こと釣り
人に関しては、個性が強いのである。少々のことでは個性の殻を破り捨
てて共同作業をしようというふうにはならないのではないか。ふだんか
らそんなことを漠然と感じていた。

 しかし、それにしても、遅い。とはいえ、MR.BRANCH 氏が遅れている
理由はわかっているのだ。その理由がわかっているだけに、誰もが不安
を募らすのだ。あくまでも、元凶はこの異様な渋滞なのだ。高速道路の
渋滞という一つの現象が、このようにして個人の行動の自由を奪ってし
まってもいいという理由は、どこにもないはずだ。

 加えて、雨が降りはじめた。たんぼり氏は早くに到着したとかで、東
寺を見物してこられたようす。なんと、朝5時に着いたということだっ
た。

 K++氏は西宮から。辛うじて渋滞に巻き込まれずにすんだとのこと。


 家に緊急の電話が入っているかもしれないと、ジョージBB(^_8) 氏が電
話をかけに行こうとしたときだった。吉野屋の駐車場に矢のように滑り
込んでくる1台の白い車の姿が目に入った。

 白のジェニミ。そう、MR.BRANCH 氏の車だった。

 全員ほっと安堵の溜め息をつく。よかった。これで出発だ。しきりと
恐縮するMR.BRANCH 氏を彼の車に押し込んで、さあ出発!

 まずは、朝の珈琲タイム。そのまま京都駅の方へ1号線を走り、右折
してしばらく行ったところに車を止める。セルフサービスの喫茶店に入
る。おばさんが一人できりもりしているが、なかなかゆったりした店だ
った。まだ早い時間帯のせいか、何だか人々の表情にもゆとりが現れて
いる。


193/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(3)
(20) 91/05/08 23:50


 30分くらいゆっくりと過ごして、いよいよ出発。

 左折して堀川通りに入る。この通りは、京都の市内を南北に走る幹線
だ。京都タワーを右手に見ながら、しばらく行くと、今度は本願寺が見
えてきた。そのままやりすごして、まもなく五条通りに出る。そこでま
た左折だ。

 五条通りを天神川で右折する。いよいよR162に入ったわけだ。後
はこの通りをまっすぐにどこまでも行くだけである。携帯無線機の小型
のものをK++氏が持ってきていたので、先頭のジョージBB(^_8) 氏とK
++氏とで交信しながら進むことにした。

 6台の車が続いて走るというのは、なかなか大変なことだ。信号や割
り込みを絶えず気にしなければならないし、それぞれの車の中の事情も
ある。MR.BRANCH 氏とたんぼり氏とは家族連れなので、どういう事態が
発生するかわからない。

 福王子の交差点を過ぎると、道路は急に心細くなる。国道であるとい
うのがちょっと信じられないような細い道だ。清滝川沿いに道路が走っ
ているのだが、細い。電柱が道路の内側に建てられているし、家々の軒
も道路の上に覆い被さるように出ている。

 御経坂峠を越えて、まもなく、高雄に入る。あまりにも有名な土地で
はあるけれど、この時間ではまだ観光客は来ていない。雨の中にひっそ
りと沈んでいる。これが京都の魅力の一つかもしれない、とやすひこは
思う。

 やがて、中川。この辺りは、北山杉の里だ。杉の磨き丸太を生産して
いる。付近の山はどこも奇麗に整備されている。ほとんどが杉の木だ。
それも、樹齢50年を越えるようなものはあまりない。遅くても50年
くらいになると、切り出して丸太に磨きあげる。北山杉というのはあく
まで工芸品なのだ。手を加えれば加えただけ価値が付加される。いかに
も京都らしいと感じた。

 国道に引っ付くようにして、民家が軒を並べている。川端康成が「古
都」を書いたのも、こういう風景の中だったのだろうか。やすひこは、
川端康成が気を惹かれたのは、工芸品としての北山杉の美しさではなか
ったかと思うのである。あるいは、その工芸品としての美しさの源が、
女性の手であるということが最大の引き金となったのかもしれないと思
う。

 そういう幻想を抱かせるほど、北山杉は美しかった。

 R162は、くねくねと曲折を繰り返しながら、だんだんと高度を上
げていった。栗尾峠を越える。

 まっすぐな道を降りていったところが、京北町周山(けいほくちょう
しゅうざん)。鮎師にとっては素通りできないところである。気持ちが
動いたが、やすひこは今回は渓流釣りなので、橋の上からちらっとよう
すを見ただけでアクセルを踏み直す。ジョージBB(^_8) 氏は京都の住人な
ので、この辺りの川にはずっと通っているのだろう。こころなしか、橋
を渡るときに彼の車のスピードが落ちたように見えたのは、気のせいだ
ろうか。

 上桂川。その昔は献上鮎の生産地として、釣り師だけではなく里の人
々にも、見守られてきた川である。その優美な渓相は、古都の川として
ふさわしい。山がすぐそこに迫っているにもかかわらず、穏やかな表情
を崩すことなくどこまでも優美に流れてゆく。京都では、風景はすなわ
ち風流、風雅である。幽玄である。

 本来は、天気がよければここで右折し、上桂川を遡っていくはずだっ
た。上流の広河原でハンゴウスイサン(飯盒炊爨)をするつもりだった
のだが、この雨ではどうも中止したほうがよさそうだ。

 R162に沿って、まっすぐ北上する。

 この上桂川の流域には、かつてたくさんの天子魚がいた。山本素石著
『西日本の山釣り』には、よだれの出そうな文章がいくつも載っている。
しかし、それはほんとうに昔のことだ。今では、あの文章に出てくる世
界はもはや存在しない。はっきりとわりきって読むべきだ。

 しかし、そうとわかっていても、心のどこかでは在りし日の渓流釣り
を求めようとしている。それが釣り師なのだ、と思う。

 盆地の中を進んでゆくと、やがて、大きな峠に迎えられる。深見峠だ。
この峠を越えると、目指す美山町だ。

 ここまでの川は流れの果ては保津川から淀川へと合流して、最後には
瀬戸内海に至る。しかし、この深見峠の向こうは、もはや異次元の世界
だ。そう、渓の妖精「山女魚」域なのだ。

 山女魚・・・この風流にして凄艶な名前を冠した魚が、今回の私たち
のターゲットなのだった。赤い朱点は要らない・・・そういう想いがや
すひこの胸を領しはじめたのは、いつからだったろうか。天子魚はいか
にも陽気でおしゃべりな魚だ。それに比べて、山女魚はどこまでも凄艶
・幽玄である。こういう部分にこだわるのも、渓師の性なのだと思う。
 深い緑の中の道をゆっくりと滑るように下ってゆく。赤い橋が見えた。
大きな橋だ。橋の上から上流を望む。まさに幽玄の極致のような渓相だ。
おもわずやすひこはアクセルを弛め、暫時雨にけぶる源流域を仰いだ。

 ここは安掛(あがけ)。「ふれあい広場」に立ち寄る。相変わらずの
雨だ。美山に入ってから、すこし雨脚が強くなったようだ。

 「ふれあい広場」を出て、河鹿荘(かじかそう)に向かう。


194/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(4)
(20) 91/05/08 23:50


 美山川の流域は、表情が豊かだ。急峻な斜面が迫ってくるかと思うと、
なだらかな丘の間を一本の流れとなってほとばしっていることもある。

 河鹿荘を出るころには、雨が本降りになった。気温もかなり低い。肌
寒い、というよりも、寒いという言葉がぴったりくる。この調子では、
美山青少年山の家ではひょっとすると霙が降っているかもしれないな。
そんな不安が胸をよぎる。

 美山川という名前は、正式名称ではない。建設省の河川名としては、
あくまでも由良川だ。括弧付きで上由良川と書いてあったりもするが、
しかし、美山川という、町の名前を素直に付けているところに好感が持
てる。

 雨はやまない。人家が次第に少なくなり、道も細くなった。唐戸の渓
谷辺りから妙にフロントガラスが白っぽくなってきたと思ったら、雨に
霰が交じっていたのだった。よほど急激に気温が下がらないと霰は降ら
ないことを思えば、きょうの天候はちょっと異様だ。雨の勢いも激しい。
よく冬に入る前にこのような天気になることがある。時雨だ。山の中の
時雨というのは夕立のように降る。万物を真っ白に染め上げて、どこま
でも暴力的に征服してゆくのだ。気温がさらにどんどん下がっているの
だろう。窓ガラスが曇りはじめた。慌ててエアコンのスイッチを入れる。

 細い道が続く。佐々里川(京都府)との合流点に到着したときには、
ほとんど夕暮れのような空の色だった。

 芦生への道は、これからがクライマックスだ。ここで佐々里川及び府
道とは岐れる。左手の奥へにずうっと延びているのが、美山川の本流だ。
この辺りまで来ると、しかし、由良川の源流という言い方をしてもいい
ような気がするから不思議だ。

霰交じりの雨の中を、私たちはゆっくりと上っていった。川幅はあまり
なくてほっそりとした渓相だが、水量はかなりある。ここから上流が芦
生の原生林なのだと思うと、いくらか敬虔な気持ちになる。

 小さな峠をふたつ越えて、ようやく青少年芦生山の家に着いた。時刻
は11時を過ぎていた。ようやく辿り着いた、という心境だった。


195/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(5)
(20) 91/05/08 23:50


 第1章    <雨降りしきる>

 芦生は雨の中である。1年のうちでからっと晴れる日が幾日あるのだ
ろうか、と考えたくなってしまうような雨である。

 雨はいけない。人の気持ちを消極的にさせる。雨に濡れて美しいのは
山の緑とアジサイの花に決まっている。しかし、その山の緑のほうは、
激しい雨の中に白くけぶったままで、ぼうっとしか見えない。

 やはり、雨はいけない。釣りができない。何だ、雨の日のほうが条件
がいいじゃないか、などというのは、美山の雨を知らない素人である。
美山の雨、とくに芦生の原生林に降る雨は、ちがう。ときおりふっと周
囲が明るくなりかけたりはするが、それも一瞬で次にはまた新しい雨の
幕が煙をあげて襲ってくるのだ。

 雨の日に考えることといえば、ほんとうは川のことだけなんだけれど、
家族にはそういうところも見せられないようすである。たんぼり氏は、
しかし釣りをしたい表情だ。朝5時に家を出て、ずっと運転をしてきた
というのに、距離をものともしないところはさすがだと思う。

 MR.BRANCH 氏は、ちょっと思案顔に見える。こんな雨でもテンカラで
釣りになるのか? そういう顔だ。美山での幹事役をお願いしてあるの
で、そちらのほうの段取りなども気になるのだろう。ごくろうさまです。
やすひこはお酒を買ってきただけなので、ちょっと気がひけるのである。

 さて、この美山の雨の多さというのは、やっぱりちょっと例外のよう
だった。ふだんでも気温は低く、しっとりと濡れているような風土なの
だろうが、それにしても、例えば琵琶湖の周辺とはちがいすぎる。SY
SOPのいちろう氏が電話をかけてきてくださったのだが、こちらがず
っと雨である旨を聞いて、びっくりされていた。秋の終わりから毎日の
ように時雨が降り、やがて雪に閉ざされてしまう奥琵琶湖の天候よりも、
さらにまた雨や雪が多いのだ。

 この雨ではハイキングや登山が目的の人たちはたいへんだろう。たく
さんの登山者と思われる人たちが演習林事務所のほうから歩いてくるの
が見える。

 カラフルないでたちだ。原色が原生林に調和しているのかいないのか、
私にはわからない。山の衣服については機能的な部分しか考えたことが
ないから、色なんてどうだっていいような気がするが、しかし、遭難し
たときに発見されやすいとか、何か理由があるのかもしれない。

 みんな俯きかげんに歩いている。荷物が重そうだ。きょうはこれでも
う帰るのだろうか?

 この青少年山の家にやってくる人もかなりある。歩いてくる人、車の
人・・・歩いてくる人たちのほうがすこし表情が明るいような気がする。
歩きに歩いての沈黙の時間が長かっただけ、腰を落ち着けてからの陽気
さは、また格別だ。

 雨はやまない。どの方角から降ってくるのか、ということをちょっと
考えてみた。ふつう、雨がどちらから降ってくるかというようなことは
誰も考えたりしないだろう。しかし、ここ芦生では、どの方角から雨が
降ってくるかというようなことにまで想像力を働かさなければならない
ほどすることがないのだ。そして、それがただの徒労に終わってしまう
こと、これも確かなのだが。

 ほかにすることもないので、雨の降り方をじっと見ていた。

 雨がまっすぐに降るというのは、たいていの場合、事実に反するよう
に思う。風がなければまっすぐに降るはずなのだが、それでも、雨はま
っすぐには降らない。そう思う。

 古来、日本語においては雨に対してじつにたくさんの呼び方を宛てて
きた。雨、氷雨、小雨、大雨、驟雨、にわか雨、通り雨、時雨、霙、霧
雨、小糠雨、夕立・・・

 これらの雨の呼び方の中では、あまり降り方そのものによって名前が
付けられたという例が見られないのは、いったいどうしてだろうと思う。
斜めに降ってくるとしか言いようのないような雨のことを、麗しい日本
語で何とか表現しておいてほしかった。

 まあ、それは別の話だが、まっすぐというよりも、何だか条を曳いて
その条に添って流れるように降ってくる雨があるのだ。しっとりと絡み
つくような雨。釣り場においては、このような雨がいちばんやりにくい。

 少々の雨ならば釣果にもいい刺激を与えてくれることが多いので、釣
り師はふつうの雨は嫌わない。しかし、水量の適当な増加につながらな
い、ひっそりとしていてしかしかなりしつこく降り続く雨に対しては、
あまりいい感情を持てないのだ。

 それにしても、この美山の山々はかなりしっかりしている。保水力が
ある。かなりの雨が降っているのに、いっこうに濁ってこないのである。
安曇川(あどがわ=滋賀県)辺りなら、本流ではもう赤茶色の水が渦を
巻いていることだろう。木の根がしっかりと水分を吸収しているのだ。
落ち葉が何層にも重なって、その隙間に水分を吸収して、どんどん溜め
込んでゆくのだ。

 まだ開発の手が延びていないから、これだけの森が生きているのだろ
うと思う。観光資源が入り込むと、あっというまに森が死んでしまう。
道路はよくなり、いろんな利便施設もできるのだろうが、しかし、喪っ
てしまうもののほうがあまりにも大きいのではないか。電力供給の問題
にしても、そうだ。電力を作り出すという名目で、林道が作られ、また、
ダムが作られる。ダムの弊害は今日では誰の目にも明らかだ。しかし、
必要悪としてダムは作りつづけられるだろう。いったいどこまで「悪」
が必要なのか。


196/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(6)
(20) 91/05/08 23:51


 雨はやまない。人間は雨を見ているといろんなことを考える。考えて
しまうのだ。美山の雨も、例外ではない。

 自分が何をしようとしているのか、そんなことを雨の日に考えている
人がいたら、それはきっと釣り師だろうと思う。ああ、幸いなるかな、
悩める者よ。汝、釣りに生き甲斐を見出し、釣りより人生の苦渋を得る。
「雨の日の釣り師のために・・・」と故人は書き出している。その続き
は、それぞれの釣り師が書き継ぐのだ。

 雨の日は考えがまとまらない。絡み合っている神経繊維の隙間に、し
っとりとした雨の雫が滴り落ちてくる。まとまらなくていいのだ。雨の
日に考えたことは、雨の中に流してしまうほうがいいのかもしれない。

 昔、父と一緒によく山に入った。登山やハイキングではない。父は樵
だった。山の木を切って製材所や市場まで運ぶ。山ではよく雨に降られ
た。テントを張っておいて何ヵ月も仕事をすることがあるのだが、雨の
ときはその中でじっとからだを丸めている。何もすることがないのだ。
そういうときの父は小柄に見えた。

 雨がやむとき、父には動物的な勘でも働くのか、いつも「もう雨がや
む」と言って、私を驚かせたものだった。小鳥の声がはっきり聞こえる
ようになると、雨はまもなくあがってしまうのだそうだ。

 原生林に降る雨は一種独特な匂いを持っている。雨にはいろんな物質
が溶け込んでいるらしい。その中には人間に有害なものも含まれている
であろうし、有益な物質が含まれている気もする。原生林に降る雨には
いったいどんな成分が含まれているのか、誰か研究した人はいないのだ
ろうか。

 芦生の雨はやまない。たんぼり氏はさすがに辛抱強い。今に雨があが
るものと。希望を捨てない。MR.BRANCH 氏は、やや困惑した表情を隠さ
ないようになってきた。せっかくのOLMだ。精一杯釣りをしたいのに、
こんなに雨に祟られてはつまらないだろう。それは私とて同感だ。だが、
なすすべがない。

 やがて、私たちにも限界がやってきた。MASA氏夫婦もまだ到着しない
し、このまま虚しく夕暮れを迎えるのは何としても堪え難い気持ちであ
る。

 さあ、出発だ! とにかく竿を出さなければ、何をしに来たのかわか
らない・・・

 3時になった。私たちは、お互いに顔を見合わせて、誰からともなく
呟いた。

 「さあ、行こう。源流が呼んでいる・・・」


197/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(7)
(20) 91/05/08 23:51



 第2章    <ハンゴウスイサン顛末記>

 ハングスイサン(飯盒炊爨)をすることになっていたのだが、この雨
の中ではどうすることもできないということになり、青少年山の家で昼
食をとることにした。

 当初予定されていたメニューはカレーだったが、そのまま作ることに
した。

 野菜にはちゃんと火が通されていて、後は簡単に炒めるだけでよかっ
た。MR.BRANCH夫人、いろいろとお世話になりました。下準備でたいへん
苦労されたことと思います。ありがとうございました。感謝の気持ちで
いっぱいである。

 青少年山の家では、炊事場を借りることができる。私たちが炊事を始
めたのは11時半ころだったが、まもなくたくさんの人たちが雨を避け
て飛び込んできた。雨は容赦なく降り続いている。この雨の中では、炊
事をするのはたいへんだろう。おかげで、山の家はたいへんな混雑だ。

 私たちが到着したときはまだ先客がいなかったので、広々と炊事場を
使っていたが、やがて、入れ代わり立ち代わりやってくる登山者たちに
少しずつ炊事場を明け渡していくような形になったのだった。

 カレーの用意をするのと同時に、たんぼり氏が持参してくださった山
菜を料理する。これは、しかし、全面的にたんぼり氏に任せることとな
った。独活(うど)と三つ葉あけびの新芽、そして、極めつけはたんぼ
り氏の作成になるワサビの葉っぱであった。

 三つ葉あけびは、新潟県に住むYUI・氏から送られてきたものであった。
あっさりとした歯触りがとても新鮮だった。たんぼり夫人は5つ葉のあ
けびの方が美味しいとおっしゃるそうだけれども、たんぼり氏は、「ど
ちらでも同じ様なもんでしょう」と、あっさりと受け流す。ここらあた
り、たんぼり氏の優しさがにじみ出ているのである。

 さて、ジョージBB(^_8)氏は実にこまめによく動く人である。からだを動
かすことに何のためらいも感じないらしい。次々に材料がさばかれてゆ
く。見ていて、じつに気持ちがいい。

 そうだ、ご飯をしかけなくちゃ! MR.BRANCH 氏の口を最初に出てき
た言葉は、かなり刺激的だった。

 一応洗ってあるという米を、水の量だけ計って炊飯器に入れるのであ
る。このあたりが、しかし、我々のもっとも不得手とする部分である。
まだ固いお米のどこまで水を入れたらふわっとしたご飯になるのか、そ
んなことがわかるはずがないじゃないか・・・

 何かの本で昔読んだように、指を立ててみても、ただ虚しいだけであ
る。一同頭を合わせて、ない知恵を絞ってみたが、所詮付け焼き刃では
何にもできないのだ。

 しかし、ここで絶妙手を発見する。

 MR.BRANCH 夫人及びたんぼり夫人に、水の量を計ってもらうのだ。こ
れなら、みんな納得できる。固くても柔らかくても、何も問題にならず
にすむというものだ。さすがに年功を積んだ兵(つわもの)どもである。

 「どうでしょうか。こんなもんで?」
 「ええ・・・いいように思いますけど・・・」
 「こんなものじゃないかしら・・・」
 「お任せします・・・」
 「ついてゆきます・・・」

 奥様方のほうが上手(うわて)であった。

 こうなったら、ええい、ままよ、とばかり、火にかけるしかない。や
すひこはいつも思うのだ。どうして、ご飯を炊くときには、途中で調整
というか修正というのができないのだろう?

 ご飯を炊いている途中で、水の量を調整できたら、ほとんど失敗せず
にすむはずだ。しかし、「赤子泣いても蓋取るな!」という格言には、
何かしら説得力があるのだ。無碍に無視はできないのである。要するに、
気が弱いのだ。

 ところで、カレーにはサラダがつきものだ。サラダには卵がつきもの
である。卵といえば、ゆで卵である。ここで、まず最初の事件が発生し
た。

 「やすひこさん、どうしたの??? 」
 MR.BRANCH 氏の声。しかし、なぜかやすひこはこの問いかけにまった
く返事することができなかったのである。

 「何してんのぉ?」

 日本語には多くを語らずして物事を伝えるという、古来からの非常に
麗しい伝統がある。いや、何年か前までは、やすひこの周りにも、そう
いう伝統が生きていたと思う。ところが、である。MR.BRANCH 氏は情け
容赦なくやすひこを質問攻めにするのだった。

 「いまいくつめの卵を剥いてるのん? 」

 「まだひとつめなのら・・・」

 「ひえぇ〜〜〜っ!」

と、MR.BRANCH 氏は大仰に驚いて見せるのだった。


198/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(8)
(20) 91/05/08 23:51


 いよいよ仁義なき戦いが始まった。

 いつまでも弁解させてもらいたいのだけれど、やすひこは決してわざ
と時間をかけて卵を剥いていたわけではないのである。口では冗談を言
いながら、内心必死になってゆで卵と格闘していたのであった。

 しかし、そんなことはおかましなしにMR.BRANCH 氏の攻撃は続く。

 「こっちはもう全部剥けたよ〜〜〜!」

 「あれ〜〜〜?!?!」

 どこまでもしらばくれるやすひこ。そして、どこまでも追及の手を緩
めようとしないMR.BRANCH 氏。この戦いは果たしていつまで続くのであ
ろうか。

 かくして、いつもまにかカレーはできあがり、ひとまず休戦を宣告し
て、テーブルについたのであった。

 さて、テーブルに並んだ料理はというと、まずカレーの大きな鍋。瓶
詰め山葵、くさや、三つ葉あけびの新芽、独活(うど)、そして、サラ
ダ。あと、大きな炊飯器いっぱいのご飯。食後には、何と珈琲まで出る
始末。これはYOKOI 氏がネルドリップの用意をしてきてくださったから
実現したものであった。深謝深謝。

 楽しい昼食が始まった。

 少し時間が遅くなったせいもあって、みんなよく食べた。サラダが少
々残っただけである。そのサラダの中で、やすひこが精根こめて剥いた
ゆで卵が異様な光を放っていたことは、渓流部門参加者の記憶に永遠に
残ることであろう。

 (あとで、やすひこはそのゆで卵を全部平らげてしまったのだが、誰
も文句を言う人がいなかったことも書き添えておくべきであろうか・・
・)


199/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(9)
(20) 91/05/08 23:52



 第3章    <流れのほとりで>

 賑やかな昼食が、やっと終わった。

 だが、雨は、やまない。雨の日、人は考える葦になる。

 私はどうしていまここに来ているのだろうか。誰に連れてこられたと
いうわけでもないのに、私がいまここにこうしているのには、何か運命
的なものがあるにちがいない。

 いったい、私たちは何をしに来たのだ。芦生の原生林を目の前にして、
ただじっと雨脚を眺め、風の音を聞いている。

 雨は、やまない。私たちの前には格好の流れが白い飛沫をああげてほ
とばしっており、その流れの上には、ブナや栃の木の深い緑が戦(そよ)
いでいるのだ。

 そして、その凄烈な流れの中では・・・

 ああ、もういけない。

 「出ましょうか?」

 たんぼり氏はあくまで積極的である。

 「もうちょっと待ってみましょう。MASAさんが来るかもしれない」

 そんな気休めを言いながら、MR.BRANCH 氏とやすひこは、時間稼ぎを
している。出渋っているのが時間稼ぎにすぎないことは、本人たちがい
ちばんよくわかっているのだ。優しくきっかけを与えるように、たんぼ
り氏の言葉が続く。

 「雨が降っていたら、やっぱり魚の出は悪いでしょうかね」

 「さあ、私はあまり雨の日にはテンカラを振ったことがないもんで・
・・」

 やすひこはせいいっぱいの言葉を探している。それが徒労にすぎない
ことも、よくわかっているつもりだ。

 なぜ出ていかないのだ? 自問自答している。こんな雨の日に出かけ
ていって、魚なんか釣れるものか。ストーブにあたって、明日に備える
のが賢明なのだ。そんなもうひとりの自分がいる。

 みんなそれぞれふんぎりがつかないのだ。

 それでも、なお、たんぼり氏は積極的にみんなを動かそうと試みてい
る。

 「せっかく美山の原生林までやって来たのだから、せめて、竿だけで
も出してみたいですね」

 突然、やすひこの脳裏に、あの懐かしい日々が蘇った。

 小学校3年の夏だった。やすひこの父が、山を買った。山といっても、
京都府の奥深く、丹後の大江山の近くである。何も植えられてはいない、
落葉樹にすこしばかり松や桧が交じっている、といった山だった。ここ
を切り開いて杉や桧を植えるのだという。

 思えば、あのときの父にはどこか仙人のような趣があった。その前年、
父は胃の壁が突然破れるという不慮の災難に出会った。もう少しで命を
落とすところだったという。腹部には何本も管を通され、酸素吸入をし
てもらっていた。ひょっとしたら、このまま死ぬかもしれない、と父は
そのとき漠然と感じていたそうである。

 それが、医者から見ても貴重な体験をして、父は生き延びた。それか
らしばらく、父は余生を過ごすようにして、静かな毎日を送った。そし
て、次の夏、山を買ったのだった。

 「山に木を植えたいのや」と父は言った。

 「山の木はええ。嘘をつかん。育てたら育てただけ、すくすく伸びよ
る。すばらしい生命力や。やすひこ、いまにわかるときが来るやろうが、
この山はわしの生まれ変わりやと思うてくれ・・・」

 はっとして顔を上げると、何と薄陽が差しているではないか。

 「ちょっと川のようすが見たくなったですね」

 やすひこはたんぼり氏とMR.BRANCH 氏とを当分に眺めながら、憑かれ
たような眸をして言った。

 「そうだよ、いってみようよぉ」

 MR.BRANCH 氏は一瞬探るような視線をやすひこに当てたが、すぐに逸
らせた。うっ、仁義なき戦いの幕がふたたび切って落とされたのであっ
た。


200/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(10)
(20) 91/05/08 23:52


 川のようすを見にゆく、という免罪符を手に入れた私たちは、妻たち
の冷えた視線に送られて、山の家をあとにした。

 山の家のすぐ下には芦生なめこ生産組合があり、その下がもう川であ
る。ちょっと川を覗いてみる。まずまずの水量だ。たんぼりさんの顔は、
しかし、もうひとつ冴えない。

 「どうです、この辺りでも出そうですか?」

 「う〜〜〜ん、何ともいえませんね。ちょっと竿を出してみますか」

 たんぼり氏は、自分が最初に抱いた不安感を何とかして払拭したいの
だろう。しきりと首を傾げている。

 ジョージBB(^_8) 氏は、いたって元気だ。ニッシンのテンカラ2号はい
つでも伸ばせる用意ができているようすだ。きょろきょろと辺りを見回
している。

 川のようすを見ながら歩きはじめた。とにかく、京都大学演習林の中
に入ってみようということになった。MR.BRANCH 氏だけは、MASA氏が到
着するかもしれないということで、すぐ近くの場所を攻めてみることに
したらしい。

 たんぼり氏、K++氏、ジョージBB(^_8) 氏、YOKOI 氏、やすひこの4
人が、京都大学芦生演習林の中へ足を踏み入れた。

 まずしばらくは、トロッコの軌道に添って歩く。すぐに、本流を渡る
赤い橋に出た。水面を見下ろすと、水はこれだけの雨にもかかわらず、
ほとんど濁っていない。さすが芦生の原生林だと思う。落葉樹の葉っぱ
がとてつもない保水力を有しているのだ。

 「ここで、とりあえず竿を出してみましょう」

 たんぼり氏の言葉を待っていたように、みんな右岸から河原に降り立
った。

 この辺りの渓相はあまりよくない。しかし、ともかくまた雨が降って
くる前に、一度でいいから竿を出してみたいという気持ちでいっぱいな
のだ。思い思いに釣りの支度を始めた。さすがにたんぼり氏は手慣れて
いる。手にしていた振り出しの点から竿に、ちゃんと仕掛けが巻き付け
てあったのだった。自分で工夫した仕掛け巻きである。シンプルで、そ
れだけに実用的だ。枝沢を攻めるときなどには重宝するだろう。

 やすひこがじっとたんぼり氏の竿を見つめているものだから気になっ
たと見え、彼は仕掛け巻きについて話してくれた。竿のいちばん手元に、
クリップを利用して仕掛け巻きを拵えておく。道糸をここに巻いておけ
ば、高巻きやへずりのときにトラブルが発生しないそうだ。それに、提
灯釣りをよくされるようだが、そのときには、この仕掛け巻きに道糸全
部を巻きとっておくのだそうだ。そうすると、ハリスの部分だけが立派
な提灯釣りの仕掛けに早変わりするというわけだ。

 ジョージBB(^_8) 氏は、仕掛けを作るのに、すこしもたもたしている。
どうしたのだろう。しかし、誰も手を貸そうとはしない。放っておいて
も簡単に仕掛けが作れてしまう、テンカラとはそんな釣りなのである。

 どうやらジョージBB(^_8) 氏も準備ができたようだ。たんぼり氏は、も
う向こうの方で竿を振っている。

 それまで、ジョージBB(^_8) 氏やたんぼり氏の竿を見ていたK++氏が、
ルアーロッドを構えた。まだ、河原の真ん中であり、水際から数メート
ルも離れている。

 「こんなに遠くからキャストするんですか?」

 これはやすひこの質問。当然だ。何がなんでも遠すぎる、と思った。
ところが、K++氏はちっとも動じないで答えるのだった。

 「ふつうはこれくらい離れてやりますよ。でないと、魚に気配を悟ら
れてしまう。ほら、水の中がここからでも見えてしまっているでしょう。
ということは、魚のほうからもこちらが見えてしまっていると思わなけ
ればなりません」

 ふむふむ、なるほど、である。しかし、こんなにまで神経を使うもの
だとは、やすひこには思いもよらなかった。そうか、いままではあまり
にアプローチが粗雑すぎたのかもしれない。テンカラの道糸が水面を叩
く前から、すでに魚はそこにはいなかったのかもしれないのだ。

 何も言わなくても、他人の釣りは、それを見ただけでもたいへんな財
産である。

 チャッ・・・軽快な音を耳元に残して、K++氏のルアーが空気を切
り刻んでピンスポットめがけて飛んでいった。チャポッ。小さな飛沫が
あがる。着水と同時に、K++氏はルアーを牽きにかかる。

 奇麗すぎるほどの流れの中から、小さなルアーが踊りだしてくるのが
見える。かなり速い。流れよりもまだ速いくらいだ。

 「そんなに速く牽いて、大丈夫なんでしょうか?」

 K++氏は、ちょっと意外だというような顔でやすひこを見つめた。

 「まあ、場合にもよるけど、だいたいこんなもんですよ」

 何から何までが意外なルアー釣りだった。あんなもんで魚が釣れると
はどうしても信じられない・・・いままでは誰に対してもそんなことを
言っていた。しかし、これはちょっと考え方を改めなければならないか
もしれない。何となく釣れそうなルアーなのだ。


201/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(11)
(20) 91/05/08 23:53


 K++氏のルアーキャスティングは、かなり本物である。狙った(と
思われる)ところに、ほとんど一発でルアーを落としてしまうのである。
30メートルくらいの遠投も見せていただいた。これも正確だった。階
段状の河川では、1つか2つ上の淵を狙って投げることもしばしばであ
るという。

 たんぼり氏とジョージBB(^_8) 氏は、並んで竿を出している。果たして
釣れるのであろうか。ジョージBB(^_8)氏は、この日のために道具を新調し
たというし、たんぼり氏もテンカラ講座の実践編をするためにはるばる
由良川源流域まで駆けつけてくださったのであった。

 今度は、たんぼり氏のテンカラを見ることにする。やすひこはまだ竿
を出していない。自分の竿を出すよりも、他人の釣りを見ているほうが
何となくおもしろいと感じてしまうのは、やすひこにとっての釣りがひ
とつの変遷を遂げようとしているのであろうか。

 ともかく、たんぼり氏のテンカラを見る。

 さすがに年期の入ったフォームである。動作のすべてに、無駄がない。
ごく自然に攻めて、確実に山女魚を仕留めてゆくというタイプのようだ。
ポイントの選定にも無駄がない。目の前のいちばんいい場所に毛鈎を落
としてみて、それで魚が出なかったら、そぐに見切りをつけてポイント
を替えてゆく。変幻自在のテンカラである。

 場所の見切り・・・これがまた非常に難しい。果たしてもういないの
か、あるいは、まだいるのだけれどもテンカラには出ないだけなのか。

 毛鈎を何度か同じポイントに落としてみて、そこで魚が出なかった場
合、私たちは、ふたつのことを考える。ひとつは、そこに魚がいなかっ
たのだということ。もうひとつは、自分の腕が未熟なのだということ。
前者の場合、いつまでたっても魚が釣れないかもしれない。後者の場合、
たいていの場合は、こういうのが何回か続くとテンカラを辞めてしまう
ことが多いので、これもまたいつまでたっても魚が釣れないということ
になる。

 たんぼり氏の眼はじつに澄んでいる。まっすぐに水面を見つめる。自
分の毛鈎がいまどこを流れているのか、ちゃんと熟知しているように見
える。実際、よく見える毛鈎だ。

 それにひきかえ、やすひこの毛鈎はほんとうに見にくい、と自分でも
思う。ハックルもパラリとしか巻いてなくて、ボディも短いのである。
たんぼり氏の毛鈎は、じつに繊細にできている。美しい。加えて、よく
見える。よく浮く。3拍子揃っている。

 ところで、今回のメンバーの中には、フロータント(毛鈎に浮力を与
える液体)を使っている人はいなかった。テンカラの場合、毛鈎が水面
に浮いているときに掛かると、ほんとうにおもしろい。

 そのためには、よく浮く毛鈎を巻くことが必要に思えてくる。ハック
ルを濃密に巻いておけば、たしかによく浮くだろう。しかし、それでは
食いが悪いのではないかと、釣り人は考える。ガバッと食いついたとき
に、濃密なハックルが邪魔になって、毛鈎を弾き飛ばしてしまうことに
なりはしないか。そんな心配までするのだ。

 しかし、そういういろんな心配は、じつはそう大した問題ではないら
しい。やすひこの経験の中でも、いっぱいまで巻いたハックルの毛鈎に
もちゃんと鈎掛かりはするし、パラッと巻いただけの毛鈎でも、毛鈎を
弾かれることはよくある。それは魚の出てくる方向にもよるし、魚の活
性にもかなり影響されてしまうのではないかと思うのだ。

 たんぼり氏とジョージBB(^_8) 氏は、並んで竿を出している。

 見ていておもしろいのは、二人が竿を振るスピードだ。たんぼり氏は
ややゆっくりめ。リズミカルに打ち返す。趣のある振り方だ。

 一方、ジョージBB(^_8) 氏のほうはというと、これがまたたんぼり氏と
は対照的に、かなり速い振り方である。使用している道糸は同じなのに、
こうまで見た感じがちがってくるのだろうかと思う。道糸は、マスター
ラインホワイトだ。ジョージBB(^_8) 氏の振り方では、道糸によるループ
が完全にはできていないようだ。鞭のようにしなるという表現がぴった
りなのはたんぼり氏の方である。道糸の動きでもってループを作り出す
ことによって、その道糸には力が備わるのだ。そうすると、糸の長さだ
けの距離なら、どこへでも届いてしまう。しかも、腕にへんな力が入っ
ていないから、狙いも正確なのである。

 やはり、テンカラが初めてというジョージBB(^_8) 氏とたんぼり氏とで
はちょっと差があるようだ。

 しかし、ジョージBB(^_8) 氏の偉いところは、そのままでは決して終わ
らせない、という点ではないかと思った。そう、彼はたんぼり氏の釣り
方を見て、すぐさま自分のフォームを矯正したのである。自分の流儀を
捨てて人の良さを見につけようとするのは、とっても勇気のいることで
ある。ジョージBB(^_8) 氏はそういう点においては、ほんとうに素直だ。
これからの活躍が待たれるテンカラ師である。

 ジョージBB(^_8) 氏は、かなり執着心が強い。同じ場所で一生懸命キャ
ストを繰り返す彼を残して、私たちはさらに上流を目指した。

 しばらく行くと、落ち込みと瀬が連続するところに出た。落ち込みの
続きが小さな淵になっている。「流れ込みの淵」といったほうがいいか
もしれない。交互にテンカラとルアーで攻めてみるが、いっこうに魚は
出ない。

 「この川、ほんとうに魚が少ないんじゃないでしょうか?」

 たんぼり氏が、やすひこも気になってきたことをズバリと口にする。
ああ、やっぱり福山に比べたら近畿の川なんて、ほんとうに荒れてしま
ったのかもしれないなあ。


202/206 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(12)
(20) 91/05/08 23:54


 たんぼり氏の狙うポイントは、じつに正確である。そつがない。しか
し、魚は出ない。これはきっと魚がいないのだろうと、つい思ってしま
う。ほんとうのところはわからないが、低水温が原因ではないだろうか。

 水温については、たんぼり氏がちゃんと水温計を持参されていたので、
すぐに計っていただくことにした。なんと、気温6度。水温6度であっ
た。

 「こんなに寒くては魚が出ないのも無理はないなぁ」

 ここで初めてたんぼり氏の表情からも険しい色がやや薄れたのであっ
た。

 こんな馬鹿なことがあっていいのだろうか。水温が6度だなんて。こ
れでは釣れなくてあたりまえじゃないか。

 「ちょっと寒いのかなぁ」

 誰からともなく声があがる。K++氏がルアーを交換しようとした。
けれども、あまりの冷たさに、指がかじかんでしまって、うまくゆかな
い。何度か徒渉した。たんぼり氏が右岸をねらいはじめたので、K++
氏とやすひこはすこし上流の丸太の橋から竿を振ることにした。

 奇麗な水底に魚の姿が見える。かなり頻繁に場所を移動しているよう
だ。K++氏にその魚を狙っていただく。水底に沈んだ木の周りをルア
ーが泳ぐ。そう、「泳ぐ」という言葉がぴったりする。一瞬の煌めきが
水中を走り、銀色の魚体が水面近くで反転した。

 「あっ!」

 二人とも同時に声をあげた。

 魚がフッキングしたのだった。しかし、もうすこしのところでバレて
しまった。惜しかった。小さな魚ではあったが、かなり積極的にルアー
にアタックしてきた。これは一つの収穫であった。

 やや下流でテンカラを振っていたたんぼり氏がこちらを向いて何かし
ゃべっているのだが、水音にかき消されてわからない。あ、手にしたハ
リスの先には、何としっかりと魚がぶらさがっているではないか。

 「やあ、やっときましたよ。ちょっと小さいけれど、でも、まあ、こ
の辺りじゃしかたないかもしれませんね」

 そうなのだ。たんぼり氏はちゃんとこの川の魚の実態を見抜いてしま
ったにちがいない。どうも、さっきからキャストにもどことなく集中力
が欠けてきているような気がするのだ。どうしたのだろう。美山の川は、
彼には幻滅を与えてしまっただけなのか・・・

 いつのまにか、また雨が降りだしていた。

 雨の日のテンカラはあまりやったことがない。やすひこは軟弱なのか
もしれない。雨が降ってくると、そそくさと車に逃げ込んでしまう。雨
が降る中で頑張りたくはないのだ。テンカラの場合、空中から水面に落
ちてくる虫餌は、雨の日にはほとんど形なんか見えていないのではない
かと思う。雨の雫もまた水面に落ちてくるのだ。両者にどれほどの相違
があるのだろう?

 それでも、何とかして毛鈎を見極めようと頑張ってみた。しかし、指
がかじかんできて、歯の根が合わなくなってしまった。

 時計を見た。5時半になろうとしている。

 「そろそろ引き上げましょうか?」

 たんぼり氏もK++氏も、ふたつ返事だ。きっと誰かが声をあげるの
を待っていたのだろうと思う。

 本日の納竿、午後5時半。

 赤い橋の袂まで戻ってきたが、ジョージBB(^_8) 氏の姿はなかった。ま
だ雨の降り続く道を、たんぼり氏とK++氏、そしてやすひこの3人は、
足取りも重く帰還したのであった。そして、ついに衝撃的な事態が3人
を待ち受けていたのであった。

 「やすひこさ〜〜〜ん、このバケツの中に入っているのは、何でしょ
う?」

 どこまでも明るい、MR.BRANCH 氏のお出迎えだった。

 が〜〜〜〜〜〜ん!!!

 「あ、天子魚や!」

 やすひこは思わず口走ってしまった。まさか、ボ*ズ街道まっしぐら
のMR.BRANCH 氏が、こんなことをやるなんて・・・

 あまりのショックの大きさに、やすひこは暫く口がきけなかったので
ある。

 大きい。あまりにも大きいのだ。23センチくらいはありそうに見え
る。まさか、これをテンカラで釣ったのじゃないだろうなぁ・・・嫌な
予感がする。

 「フッフッフッ!!!」  (えびぞるMR.BRANCH )

 出た〜〜〜っ! MR.BRANCH 氏の得意技、「KUNIさん笑い」だ。

 「フッフッフッ!!! やすひこさん、私はとうとう釣ってしまいま
したよ」

 あが〜〜〜〜〜〜ん!!!

 そんなのなしや〜〜〜! ほんの足元の川で、それもテンカラ2回目
の釣行でこんな立派な天子魚を仕留めてしまうなんて。

 「これ、ほんまにテンカラで掛けたんかいな?」

 やすひこは、天子魚の口に鈎傷があるかどうか調べようとして、MR.BR
ANCH 氏に罵倒された。

 「だって、しゃぁないやないかぁ。こんなもんが釣れるわけがないっ!」
と叫びたいのを無理やり堪えて、口をついて出たのが、「おめでとう。
よかったね」のお祝いメッセージ。

 ああ、何たる不運!

 かくして、初日はMR.BRANCH 氏の完全なる独壇場であった。



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(20) 91/05/27 01:22


 第4章    <原生林の夜>

 ひとしきりMR.BRANCH 氏の天子魚が話題になったあと、KUNIさん
笑いの余韻を曳きずるかたちで夕食が始まった。

 夕食は渡り廊下でつながっている別棟だった。

 昼食の折、山の家の前に車を並べていたら、給食車が通るので移動し
てほしいと言われたのを思い出した。食堂棟に料理を運ぶのだというこ
とだった。

 料理は山菜と虹鱒など、山の幸だった。一泊三食で4,000円とい
う価格であってみれば、いたしかたのないところだと思う。山菜はテン
プラであったが、冷めていた。しかし、冷めても味わえる材料であった
ことが救いだ。原生林を目の前にして、都会の食卓とおなじようなもの
を食べようというのは、考えてみれば愚の骨頂かもしれない。

 食堂棟での夕食は淡々と進められた。他のお客さんたちと一緒だった。
しかし、賑やかさはあまりなくて、寡黙な食卓が多かった。明日山に入
る人や、今日山から下りてきた人たちで、食堂棟の中はいっぱいなのに、
あまり騒々しい話し声は聞かれない。山に来ると思索型に変わる人が多
いのだろうか。やすひこも最近は少々おしゃべりになってきたので、自
戒することしきりである。

 しかし、ここでも、余勢をかってMR.BRANCH 氏は大いに気炎をあげた。
生まれて初めて釣り上げた「アブラビレ」である。彼の興奮は、いった
いいつになったら収まるのであろうか。

 「皆さんがね、さっさと上流へ行ってしまったでしょう。私はMASAさ
んを待っていないといけないものだから、このへんでちょっと竿を出す
ことにしようと思って、そうなんですよ、あまり大した期待もせずにテ
ンカラを振ったんです。そうしたら、これが、また、何というか・・・」


 ああ、ここにも釣りのセオリーが厳然と生きていたのであった。曰く、
釣れたら、何を言ってもいい!!!

 「こんなポイントともいえないような流れにね、魚がいるなんて、ち
ょっと想像もできないでしょう、ふつうは。ところがですねぇ、そこに
いたんですよね、それも、アマゴちゃんが・・・」

 そうなのだ。何をしゃべらせても、今夜のMR.BRANCH 氏はたじろがな
い。ひるまないのであった。

 ふだんなら、いや、今日の昼過ぎまでは、誰もが想像していたのであ
る。MR.BRANCH 氏が切々と美山の天子魚や山女魚を釣りたいと、たんぼ
り師匠に懇願するさまを・・・

 ところがところが、である。いやはや、これをビギナーズ・ラックと
言わずして何と表現すればいいのか!

 ときおり、あの「KUNIさん笑い」が高らかに食堂内に響きわたる。


 MR.BRANCH 氏は、完全に舞い上がっている。彼の言動をとやかく言え
る人間は、ここには一人もいないのだ。突っ込みを入れながらも、その
声には誰も力がない。あぁ、なんていうことだ・・・みんなわが身の不
運を嘆いているだけなのかもしれない。

 呪われているとも知らず、MR.BRANCH 氏の舌は、ますます滑りがよく
なる。よく見ると、MR.BRANCH 夫人でさえも、かなり冷ややかな視線を
夫に送りはじめている。けれども、いったん舞い上がってしまったMR.BR
ANCH 氏は、そんなことには一向にお構いなしだ。

 こういう人生もあるのか、と私はふたたび自らを振り返るのであった。
樵を父にもったことを、私は今まで悔いたことはなかった。しかし、も
っと別の人生があったのかもしれない・・・そういうことを考えさせる
この男は、かなりの人物である。

 K++氏やたんぼり氏は途中から急に無口になってしまった・・・よ
うな気がする。

 「さあ、そろそろ引き上げましょうか」と、たんぼり氏の声。

 さすがに、見切りの潮時というものを逸してはいない。このあたりを
見るに、たんぼり氏が相当の手だれであることはまちがいない。

 K++氏も、たんぼり氏のそのひと声を待っていたように腰をあげた。
K++氏は、どこまでも優しい人だ。MR.BRANCH 氏を傷つけないように、
細心の注意を払っているのが感じられる。

 ジョージBB(^_8) 氏はというと、最初一人で黙々と料理を食べていたが、
途中から、MR.BRANCH 氏を時々盗み見ては、すっと顔を逸らすという動
作を始めた。やりきれないのだろう。今日、彼はひとかけらの魚信も得
ることはできなかったのだ。釣りの世界における不文律「釣れたら何を
言ってもいい!」は、あまりにも凄惨だ。おそらく、今のジョージBB(^_8)
氏には、わが身の不運を嘆くことしかできないであろう。挫折を味わっ
たことがあるのかどうか、私は知らないが、しかし、釣りにおける挫折
は、あまりにも具体的に表面化するので、避けて通ることができない。
人生のさまざまな場面において挫折感を味わったとしても、人はその挫
折感を表面に出さずにすむことが多い。場合によっては、外側から見て
いる限り、挫折だとは誰も思わないこともあるだろう。それに引き換え、
釣りにおける挫折感というのは容赦がない。釣果があったかなかったか、
あまりにも明瞭なのである。

 それに引き比べて、時々下手な突っ込みをやっていた私は何という浮
いた存在だったのだろう。「おのがじし」という言葉がある。あくまで
自分のスタイルを守り通すということがどれほど難しいか、私にもある
程度はわかっているつもりだ。しかし、あるがままの自分をそのままに
見せてふるまうというのは、大変なことである。無理をしてはいけない、
そう胸の内でいつも言い聞かせているのに、いざ人の前に出ると、ふっ
ともろもろの意識が飛んでしまうのである。

 こんな山奥に来てまで、なんてつまらないことをやすひこは考えてい
るのか。そういう堂々巡りの状況から一刻も早く逃れたかった。

 「さあ、引き上げましょう。残っているのは、私たちだけですよ」

 呻き声にも似た言葉を発して、やすひこも席を立った。


424/439 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(14)
(20) 91/05/27 01:22


 夜は、長い。

 二間続きの私たちの部屋に戻り、二次会が始まった。この席には、芦
生なめこ生産組合の坂中氏も顔を見せてくださった。この方は芦生地区
の生き字引のような存在であり、ジョージBB(^_8) 氏の釣友でもある。と
にかく、芦生のことならなんでもござれという方だった。心強い。

 この山の家ではお酒の類は販売していないので、俗界から買ってきた
のを持ち込んでの宴となった。

 圧巻は、何といっても、MR.BRANCH 氏が釣り上げた天子魚の骨酒であ
る。調理場に頼んで塩焼きにしていただいた件の天子魚をコッヘルに入
れ、熱燗にしたお酒をたっぷりと注ぐ。しっかりと塩焼きがしてあるの
で、香ばしい匂いが鼻を刺激した。

 骨酒は、本来岩魚でするものである。山の奥深くに出かけたときくら
いしか、岩魚の骨酒には出会えないものなのだ。それが、MR.BRANCH 氏
の思わぬ(?)活躍によって、今目にすることができたわけである。そ
れぞれに感謝の念を表しつつ、ともかく口に運んでみる。

 私は、未だに岩魚の骨酒にはありついたことがなかったので、初体験
である。たんぼり氏に言わせると、特級酒を注いだので味がもうひとつ
だということだったが、しかし、初めての試みは、まんざらでもなかっ
た。

 それと、坂中氏から、芦生の川で昨年の夏に捕れた鮎の差し入れがあ
った。こちらも見事というほかない鮎で、昨年の鮎釣りの結果が思わし
くなかっただけに、目には大いに毒であった。20センチは優に越えて
いる鮎ばかりが大きな皿に盛り付けられていた。最大の鮎は、26セン
チほどもあろうか。鮎の場合、頭部はみなおなじような大きさだけれど
も、肩の部分がまったくちがってくるのである。そして、尻尾の部分が、
またみんなおなじような大きさに括れている。不思議な魚だ。

 坂中氏から、芦生の話を聞く。芦生の鮎は、昔は尺ものがいたそうで
ある。けれども、川はそんなに大きくはない。平水ならば、どこでも徒
渉可能なくらいの水量しかないのだ。その流れの、どこにそんなに大き
な鮎を育てる力があるのだろうか。水質の点は肯ける。この辺りの川は
たいへん水が奇麗だ。福山から来られたたんぼり氏も、同様の感想をま
ず口にされたほどである。雨が降り続いていたせいもあって、やや薄濁
りという状態ではあったが、しかし、それでも都市近郊の川とは比べも
のにならない透明感が漂っていた。

 この水質ならば、相当良好な苔がつくだろう。鮎の質は、また、水質
・苔の質でもってほとんど決定されるといって過言ではない。芦生の水
で育て上げられた鮎は、どこに出してもまったく引けを取らない立派な
香りと顔つきを有している。半年間冷凍保存されていた鮎でさえそうな
のだから、川で釣り上げたばかりの本物の鮎は、いったいどれほど美し
いのか・・・

 こんなすばらしい鮎が1日に10尾も釣れたら、12〜15センチの
鮎がたとえ100尾釣れたとしても、まったくおもしろくないだろうな。
そんなことを考えながら、坂中氏の話に耳を傾けている。

 「わしらは、芦生の鮎しか捕らん」

 お酒が入って、坂中氏はだんだん熱っぽい語り口になっていった。

 「芦生の鮎は最高や。怒り肩の、ほんまにいい面構えをしとる。わし
らは、芦生の鮎しか捕らん」

 「そうですか・・・そういえば、ジョージBB(^_8) さんは、昨年の鮎の
解禁日に佐々里川との合流点付近に入ったんでしたよね」

 「うむ・・・昨年の解禁は最悪やった!」

と、ジョージBB(^_8) 氏。あとの言葉が出てこないようすだ。昨夏のメッ
セージを思い起こしてみれば、それも肯けるというものだ。それにして
も、鮎釣りの解禁日に竿を出そうなどというのは、かなりの根性である
と言わざるをえない。

 「わしらは、あんな下までは行かん。合流点からひとつ目の峠の下ま
でやな」

 「どうして、そこまでなんですか?」

 ちょっと愚問かなとは思ったが、私は敢えて聞いてみた。

 「あそこから下の鮎は食う気がせんわな」

 「水が汚れているからですか?」

 「それもないことはないが、昔からわしらは芦生で育ったんや。あの
坂を越えてしまうと、もう芦生やない。わしらは芦生の魚やないと食べ
たい気持ちにならん」

 坂中氏は、あくまで芦生にこだわる。彼の胸に去来しているものをほ
んとうに私たちが感じ取ったかどうかはすこし不安ではあるけれど、で
も、ああ、こういうこだわり方もあるのだなという想いは全員が抱いた
のではないかと思う。


425/439 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(15)
(20) 91/05/27 01:23


 こんな渓流そのものの場所であっても、鮎は育つのだろうかというの
が、最初の正直な感想であった。ジョージBB(^_8) 氏から聞いていた、芦
生の登り鮎の話が、にわかには信じられなかったのである。

 芦生の原生林の入り口にも、稚鮎の放流が毎年されている。しかし、
水温が低いので初期にはあまり釣りの対象としてはおもしろみがないよ
うだ。けれども、この凄烈な流れの中で、稚鮎は確実に成長しているの
だ。

 原生林の中には、途中まで木材搬出用に敷設されたトロッコ道が続い
ている。そのトロッコ道が終わる辺りまで、稚鮎は遡上しているという。
今まで何度もジョージBB(^_8) 氏が目撃しているそうだ。トロッコ道が終
わる辺りまで鮎缶を担いで歩く。途中で何度も酸素を補給してやらない
とオトリ鮎がへたってしまうので、たいへんだ。そうして、トロッコ道
の終点まで8キロくらいを歩きとおしてから竿を出してみると、なんと
そこにはちゃんと鮎がいるのだ。

 まったくの渓流で、しかも、これ以上はないという山奥で、ちゃんと
鮎が釣れるのだ。考えただけでも、身震いがする。

 「この辺りは苔がいいからなあ・・・」と、坂中氏。

 そりゃそうだろう。豊かな水量と、あくまでも奇麗な水質に育まれた
鮎は、うまくないはずがない。これは、また夏にもう一度来ないといけ
なくないそうだなぁ。しかも、今度はテンカラ竿だけでなく、鮎竿を忍
ばせて・・・

 今日の午後、MR.BRANCH 氏が23センチの天子魚を釣ったのだという
と、坂中氏は目を細めてまた語るのだった。

 「ここの天子魚は、そんなもんやない。もっと大きなのがおる。なか
なか釣れないけど。街からもたくさん釣り人が来るようになったからな
ぁ。昔のようにはなかなか釣れん。でも、もっともっと大きな天子魚が
おることはまちがいないやろ」

 ここで、またまたMR.BRANCH 氏のからだがえびぞったのであった。

 「まぁ、今日みたいな悪条件の中では、型を見た、というだけでもい
いやないですか。明日はもっといい釣りができますよ、きっと、ネ、皆
さん」

 MR.BRANCH 氏、ますます元気である。あとの者は互いに顔を見合わせ
て、溜め息をつくのみだった。MR.BRANCH 氏のこのしぐさを、もう何度
見たことだろう。両手を腰にあてがう動作も、かなり板についてきたみ
たいだ。うぅ・・・これではいけない、とは思うものの、名案が浮かば
ない。黒々としたMR.BRANCH 氏の眉毛が、よけいに太くなったような気
がした。

 さて、芦生の話題は尽きることがなかったのだが、途中から、テンカ
ラの話題が交じりはじめた。もちろん、MR.BRANCH 氏はどんな話題にで
も積極果敢に飛び付く。テンカラに出る天子魚のような俊敏さと大胆さ
が備わってきた気配だ・・・

 「そういえば、今日は皆さんが毛鈎を持ち寄るっていう話になってい
ませんでしたっけ?」

 MR.BRANCH 氏は時々よけいなことを思い出す人だ。忘れていた恐怖の
時間が、とうとうやって来たのだ!

 「たんぼりさんの毛鈎はどんなのですか?」

 MASA氏だ。ほっと溜め息をついたのも束の間、今度はやすひこに視線
が集まった。

 「ねえ、やすひこさんはどんな毛鈎?」

 あぁ、もういけない。

 「あのぉ、今日は毛鈎を持ってきていないんですぅ・・・」

 「なにっ! 毛鈎を持ってきていないだとぉ」

 うぅ、MR.BRANCH 氏の視線が鋭くやすひこの全身に突き刺さる。こん
なことなら、来なきゃよかった・・・

 「毛鈎巻きを実演するから、道具を持ってきてくださいよ、ってあれ
ほど念を押しておいたのにぃっ!!!」

 うるうる・・・狼狽する、やすひこ。

 「では、しようがない。たんぼりさんの毛鈎を拝見することにしまし
ょうか」

 お、たんぼり氏の毛鈎は初めて見るぞ。

 たんぼり氏の毛鈎は、まことに精巧緻密であった。パラシュートタイ
プの毛鈎などは、そのままフライフィッシングで充分使えそうな出来栄
えである。流石、である。では、実演していただきましょう、というこ
とになった。坂中氏が、部屋の隅にもたれるような感じで見物している。
では、まずはふつうのタイプの毛鈎から。

 という感じで毛鈎巻きの実演が始まったが、しかし、「毛鈎巻き」と
いうよりは、たんぼり氏の場合は、完全に「フライタイイング」であっ
たと思う。道具立てもフライフィッシングそのものだったし、用いる材
料も、フライショップへでも行かないと手に入れられないようなものば
かりだった。

 簡単手軽をいちばんとするやすひこには、ちょっと難しい毛鈎巻きだ
った。しかし、じつは、やすひこもフライタイイングの道具は一通り持
っているのである。3度ほど、フライフィッシングにも出かけたことが
あるのだ。そのときに、とりあえず使うフライが結べなければどうにも
ならないということで、必要最低限の道具を一式買ったのであった。


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 けれども、フライタイイングはとっても骨の折れる仕事である。いく
ら時間があったとしても、フライを巻いてみようという積極的な気持ち
はまだ私には湧いてこないのだ。もっとシンプルな毛鈎はないものかと
思う。けれど、テンカラの毛鈎では最近とんと釣れなくなってきている
のだった。どうしてフライを巻いてみる気になったのかというと、フラ
イフィッシングなら、大場所も小さな水溜りもおなじようにこなせるの
ではないかという気がしたからである。フライを巻くのはちょっと面倒
そうだけれど、あの毛鈎を巻けばきっと釣れるんだろうなぁという気持
ちだけにすがって道具を揃えたのであった。

 しかし、結果は悲惨なものだった。いやいや巻いたフライに魚が出て
くれるはずがなかったのかもしれない。自作のフライには、未だに魚が
出ないままなのである。そのまま、フライタイイングの道具は、押し入
れの隅に眠ってしまったのであった。

 しかし、今目の前で繰り広げられているたんぼり氏のタイイングは、
じつに軽快だ。ふつうのタイプの毛鈎だと、あっというまに出来上がっ
てしまう感じである。

 次に、問題のパラシュートタイプの毛鈎にとりかかっていただいた。
これは、まったくフライそのものである。それに、テンカラの毛鈎とい
うのは、ふつうはかなり大きな番数の鈎を使うものだが、たんぼり氏の
テンカラ鈎は、かなり小さかった。しかも、フックの先がやや内向きに
なっている。掛かりはどうかわからないが、保持力がかなりいいみたい
だ。

 「これが、玄辰(げんたつ)鈎ですよ」

 たんぼり氏は、ちょっと考えるふうな表情で言った。

 「えっ、これがあの有名な玄辰鈎ですか。初めて見ました。大阪のほ
うでは売ってないもんで」

 「あ、そうなんですか。大阪にはないんですか」

 「大阪では、やっぱり、がまでしょうね」

 「ふうん・・・」

 そうなのだった。大阪では、この、一部ではかなり評判になっている
「玄辰鈎」が売られていないのだった。玄辰鈎のことが話題になったと
き、やすひこも大阪の釣り具店を何軒か回ってみたことがある。けれど
も、玄辰鈎は見つからなかった。店で注文したら取り寄せてくれるのだ
ろうが、たった一箱ではほんとうに取り寄せてくれるのかどうか、わか
らなかった。かつて、「TURIX」の鈎がいいからということで取り
寄せてもらおうとしたが、ある程度の数量がまとまらないと、注文でき
ないという返事だった。で、テンカラ用の毛鈎というのは、鮎釣りの鈎
のように一度にたくさん消費するものではない。

 (なかなかそうでもないというお話は随所で耳にするが、そこはそれ、
個人的な事情もかなり含まれてくることだし、あまり詮索はしたくない
・・・)

 というような事情で、そのときは玄辰鈎を入手することを諦めたのだ
ったが、意外にも、福山ではふつうに手に入っていたのだった。あぁ、
こんなふうになっているんですかと鈎先を指すと、たんぼり氏が嬉しそ
うに相槌を打った。玄辰鈎は、なかなか頑丈そうな鈎である。懐もしっ
かりととってあるし、保持力は安心できるだろう。鈎そのものの強度に
もほとんど問題はないとみた。フライ用のフックと比べて、やはりかな
り軸が太い。

 相対に、フライ用のフックは軸が細身にできているのが多いように思
う。こんなに細い軸で、よくも折れないものだと思うことがしばしばだ。
それに、かなり小さなサイズまで用意されている。果たして、そこまで
小さなサイズのフックが必要なのであろうか?

 大きな魚が釣れたらいいなぁ、というのは、多くの釣り人の願望だ。
テンカラは、その川の中の型のいい魚から掛けてゆくことが多いので、
資源としての小さな一年魚などには手を出さなくてすむことになる。小
さな魚しか出なかったら、それは、その場所にはそんなサイズの魚しか
いない、ということになるのだ。あるポイントで一等級の場所を攻めて
いるのに、出てくる魚がいないかあるいは型が小さい場合は、相当スレ
た魚しか残っていないか、それとも、そこには魚がいないか、のどちら
かであろう。さっさとその場所に見切りをつけて、移動すべきだ。

 場所の見切りということについて、たんぼり氏の釣りを見ていると、
なるほどと原点を振り返る想いがするのであった。けれども、彼の釣り
がそのまま近畿の渓流において適用できないのではないかという一抹の
寂しさがあることも、また事実なのだった。いちばんいいポイントに毛
鈎を振り込んでも、そこにはほとんど魚がいないのである。

 そのことは、今回2日間毛鈎を振ってみて、たんぼり氏がいちばん実
感しているのではないかと思う。いたら必ず飛び出してきそうな場所な
のに、出ない。毛鈎の振り方が悪いのか、はたまた毛鈎そのものがこの
辺りの渓流にあっていないのか、そんな不安をかきたてられたことだろ
う。

 しかし、たんぼり氏の釣りはまちがってはいないと思う。テンカラと
いうのは、そもそも軽快に釣り歩いてこそ、そのおもしろみを満喫でき
るものだ。ひとつの流れ込みで、5分も10分も執拗に粘る手合いのも
のではないだろう。その場所でいちばんいい型の天子魚や山女魚を一つ
掛けたら、さっさと場所を移動していけばいいのだ。2番手以降の魚は、
次の機会、あるいは、次の釣り師のために残しておくべきではないかと
思う。

 けれども、それが、近畿の渓流においては、なかなか難しいことにな
ってしまったのである。ふつうのポイントでは、まず魚が出ないのだ。

 それでは、魚がいないのかというと、いることはいるのである。しか
し、尋常な場所ではもはや釣れなくなってきているのだ。白泡の中や、
猫柳の茂みの真下など、ちょっと竿が出せないようなところに、じっと
姿を潜めているにちがいないのである。


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 そういう魚まで釣りの対象にせざるをえないところが、今の近畿の渓
流にはたしかにある。尋常な場所では、まったく釣りにならないので、
薮沢や、猫柳の下などにも鈎を入れる。餌釣りにしても、それは同じこ
とだ。そうすると、ますます、残っている魚というのは、警戒心の強い
のばかりになってしまう。こういう繰り返しが悪循環となって、すこし
も渓流釣りの環境はよくならないのだ。

 だからといって、例えば、ある川を3年間禁漁にするということもで
きないでいるのだ。岩魚がほとんど釣れなくなって見捨てられた川に岩
魚数匹を放したところ、3年後に竿を入れてみたら入れ掛りだったとい
う報告がなされている。たった3年間でもいい、川を休めて、自然の治
癒力に委ねることができれば、また元の状態に近くなるまで川は回復す
るのである。そういうことを踏まえて、自分だけの川、自分だけの釣り
場を自分の手でもって新しく作り出していっている人たちがどうも増え
てきているような噂を耳にする。もちろん、自分だけの釣り場であるし、
魚の観察場所でもあるから、他人には絶対に教えない。教えたが最後、
その年の秋には、また元の死滅に近い状態に逆戻りしてしまうことがわ
かりきっているからだ。

 それくらいのことをしないと、現代においては、自然なかたちで渓流
釣りを楽しむことができなくなってしまっているのだ。

 それにしても、たんぼり氏の毛鈎は美しい。

 「みんなに見られていると、やっぱりうまくいかないなぁ・・・」と
か言ってはいるけれど、それなりに楽しそうだった。

 そろそろ、宴も終わりに近づいてきた。

 そろそろNIFTYにアクセスしてみようということになった。じつ
は夕食の前に実験してみたのだったが、山の家の公衆電話からは成功し
なかったのである。広間のようになったところに赤電話があったので、
早速やってみたのだが、音響カプラが雑音を拾ってしまうのか、なかな
かつながらなかった。

 何度かやり直しているうちに、20円を先に入れてやると何とかうま
くいきそうだということがわかった。で、残り少なくなった10円玉を
握り締めて、願を掛けたあと、慎重にダイヤルを回す。

 やったぁ!

 CONNECT 2400/REL5が出て、めでたくつながったの
だった。ようし、これで一安心。さあ、何でもできるぞ。

 と思ったのは、じつをいうと、たいへんな誤算だったのである。つな
がってしばらくの間、スクロールする画面を眺めていると、泊まり客の
中の一人のおばさんが近づいてきた。

 「まあ、ちょっときてみて! これが、ほら、パソコン通信とかいう
のよ!」

 実際にアクセスしているところを見たのが初めてだったのだろうか。
そのおばさんは、ひどく感激してくれたのであった。せっかくだから、
写真を撮らなくっちゃ! やすひこはどこまでも気がつくのである・・


 早速、カメラが準備された。さすがに2,400bpsは速い。流れ
るようにスクロールする画面を追いながら、カメラを構えた。できるこ
となら、印象的な画面のときに写したいものだ。よくよくチャンスを伺
った挙げ句、やすひこの骨太の指がバシッとシャッターを押したのであ
った。

 バシャッ!!!

 と音がしたときは、万物のすべてがストロボの光に包まれて、一瞬世
界は真っ白になったのであった。

 ?!?!?!

 と、数瞬ののち、今度はやすひこの姿が罵声に包まれて真っ白になっ
てしまったのであった。

 「馬鹿、アホ、まぬけっ!」

 「何考えとんねん!」

 「パソ通暦2年が、聞いて呆れる!」

 「・・・・・・」

 「うるうるうる・・・今のは何ら? ・・・」

 この期に及んで、やすひこは最後までシラを切りとおすつもりでいた
のであった。

 「おまえなあ・・・ええかげんにせぇよぉ!」

 「そ、そんなことゆうたかて、わいは何も知らんがな・・・」

 やすひこの抵抗は虚しく続くのである。しかし、すべてを察知してし
まったFFISH渓流部門の参加者面々は、とっくに冷め切ってしまっ
た表情を隠そうともしなかったのであった。

 「いま、やっとつながったんやなぁ・・・」

 MR.BRANCH 氏の言葉には、どうも行間が多い。一つ一つの言葉の響き
が、どのように聞き手に伝わってゆくのかを読み取りながら、その過程
を楽しんでいるようなところがある。これは相当手強い相手と見なけれ
ばなるまい。それに、彼はすでに夕方までに天子魚を3尾も釣り上げて
いるのである。今日は宿に到着するのが遅かったために竿を出さずにす
んだMASA氏とは、ちょっと最初から鼻息がちがうのである。

 「皆さま、ごめんなさいっ! 私が悪うございました。もう2度とい
たしません。グスン、グスン、ウエ〜〜〜ン!!!!!」

 ついに泣き出してしまったやすひこを取り囲んで、みんなの罵詈雑言
は深夜まで果てることなく投げつけられたのであった。(ウソウソ・・・)

 薄暗い部屋の中でカメラを構え、そしてシャッターを押したらどうな
るか・・・そんなことはやすひこでも知っていたのである。しかし、そ
のあとどうなるかということについては、まったくの素人であった。そ
れは、一瞬の出来事だった。世の中のすべての動きが止まってしまった
のが、ようくわかった。そして、98noteの画面が真っ白になって
しまったことも、ついでに書いておかなければならないみたいだ・・・

 「えぇか、やすひこはん・・・いま、回線が切れたんやでぇ。この意
味、もうわかるやろなぁ」

 「はいはい、ごもっともですよん。ぜ〜〜〜んぶ、このやすひこめが
悪いのでござりましょ! わかってますよ、皆さんがおっしゃりたいこ
とは・・・あれだけ苦労してやっとつながったというのに、というやつ
でしょう。そりゃぁ、ストロボを焚いて画面をぶっ飛ばしてしまったや
すひこには、何も言うことはありませんよ。でもねぇ・・・」

 喉まで出かかったこの言葉を押さえて、やすひこは、ちょこっと小首
を傾げて見せたのであった。(アア、コレイジョウハ、モウカケナイ!!!)


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 けっきょく、そういうことがあったので、夕食後は、木工組合の事務
所を借りることになったのであった。

 木工組合は、山の家からすぐのところにある。まだしとしとと降り続
く雨の中を、機械一式を持ち込んでの、パソコン通信が始まった。坂中
氏は、初めて間近でパソコン通信を見ると言うことで、興味深い目をし
ている。ご自信でもワープロを使い込んでいらっしゃるようすで、そろ
そろパソコン導入についても考えてみようかなという段階に来ているら
しい。

 MR.BRANCH やおらセーターを脱いだ。思わず私は、カメラを取りに山
の家まで走り出そうとしたほどだった。じつはこのセーター、音響カプ
ラを雑音から守るための工夫だったのだ。

 たんぼり氏が、それに続いた。あぁ、何という友情・・・

 たんぼり氏の上着で、さらにカプラをくるんだ。これで何とかなるだ
ろうということで、さあ、通信開始だ。

 通信ソフトは、もちろん、KUNIさん作のATDKN.EXE。快
調に走る・・・と思いきや、なんと、回線の選択ミスであえなくダウン。
これじゃ、イカン! ということで、回線がトーンダイヤルであること
を確認して、いざ再度のチャレンジとなった。

 しかし、原生林の妖気に触れたためか、どうもうまくいかない。次の
失敗は、フェニックスの選択ミスだった。フェニックスロード2の設定
になっていたのを知らずに、そのまま繋いでしまったのである。当然、
うんともすんともいわない。あれ〜〜〜おかしいなぁ・・・

 しばし考えていたMR.BRANCH 氏がはたと膝を打った。さすがに、セー
ターを脱いでいるだけに、頭の芯まで思考能力が行き渡っているらしい。


  .00+ 25+ 71+ +++ ・・・

 上の記号の意味がピンと来るような人は、ちょっとNIFTYしすぎ
です・・・

 それはこっちに置いといて、あれこれと、KUNIさん作の標準マク
ロファイルをいじくりまわしたのであります。格闘すること数分(うそ
うそ!)、めでたくLOG−INすることができた。

 つながったら、迷わず、「GO FFISH(リターン)」

 未読の山(でもなかった・・・)をまずクリアする。あれ、つづらお
荘からのアップがないなぁ・・・いちろう氏が朝から詰めているはずな
のに、いったいどうしたことだろう?

 げっ!

  オンラインフィッシングダービーの渓流部門で、34センチの岩魚
が出たそうだ。

 あ、あかん・・・密かにダービー入賞を狙っていたであろうMR.BRANCH
氏が、真っ暗な外を仰いだあと、へなへなと床にしゃがみこんでしまっ
た。

 雨は、やまない。

 美山の原生林に降る雨は、細く冷たい。真っ暗な空の奥から、半透明
の糸を牽くように見ているものの眼に向かって降ってくる。

 「34センチの岩魚だけやないで〜〜〜! 30センチを越える岩魚
が何本か出とるみたいや」

 情け容赦のないジョージBB(^_8) 氏の声。あぁ、この人は永遠に呪われ
る運命にあるのか・・・

 「MR.BRANCH さんよぉ、あんた、まさかフィッシングダービーに入賞
しようとか、そんなことを考えていたんじゃ・・・」

 たんぼり氏も同じことを呟いている。いや、実際には、たんぼり氏は
何も言わなかったのであるが、その胸中は察してあまりある。あぁ、そ
れにつけても思い出すのは、今日の夕方のできごとだった。山の家の前
に置かれたバケツである。まったく、「晴天の霹靂」という単語は、ま
さしくこの日のために辞書に登録されたようなものだったのだ。

 私たちは、言葉を喪ってしまったのである。<ふっふっふっ>笑いに
必死に耐えながら、何とかして自分の存在を維持しようという、まった
くもって消極的な体勢を取ることしかできなかったのだ。

 「う〜〜〜ん、オンラインダービーは、今回は無理かぁ・・・」と、M
R.BRANCH 氏はどこまでも潔くない。

 美山は今日も雨だった、というがらくたメッセージをアップして、今
日の終わりとした。

 ところで、坂中氏は、我々の行動を何とも奇妙なもの、例えば突然や
ってきた外国人でも見るような目で始終じっと見つめておられたのであ
るが、どのような感想を抱かれたのか、ちょっと興味がある。というか、
少々心配なのだ。

 受話器にセーターやジャケットを被せて、シーッ! とか言い合いな
がら、大のおとなが3人も声をひそめて何やらコソコソやっているので
ある。しかし、そのうちに坂中氏もおなじように声をひそめてしゃべる
ようになってしまった。


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 美山の夜は、長い。外は、どこまでも真っ暗な闇である。「漆黒」と
いう言葉があるけれど、それがどのようなものかを知らなかったとして
も、何となく納得してしまうような、それほど重い暗さだった。

 坂中氏は、向かいの席でワープロを操っている。エプソンだ。目ざと
く見つけたMR.BRANCH 氏、またも大胆な発言をする。

 「あ、そのワープロ、オプションさえ付けたら、すぐに通信できます
よぉ〜」

 坂中氏は「?」を5つくらい頭の上に突き出して、クスッと笑った。

 「あ、いや、どうしようかなとは思っているんですけどね・・・」

 まあ、今夜のMR.BRANCH 氏には、ちょっとやそっとでは太刀打ちでき
ないであろう。やすひこなどは、最初から戦意喪失である。

 それにしても、長い夜だ。雨は降り続いている。真っ暗な川の中では、
今日の毛鈎禍を逃れた山女魚たちが、じっと息をひそめているにちがい
ない。あんなものをなぜ虫とまちがえて飛び出してしまったのか、しき
りに反省していることだろう。魚には学習ということがあるのかどうか
しらないが、しかし、学習しているとしか考えられないようなスレ方を
示すのは、誰もが経験しているところである。

 いまごろ、仲間同士で互いに顎をさすりあいながら、身に及んだ今日
の体験を夢中でしゃべっているのかもしれない。ピチャピチャピチャ・
・・浅瀬の緩やかな流れの上に、山女魚たちの背鰭がゆらゆらと戦いで
いるのが、目に見えるようだ。ピチャピチャピチャ・・・

 いつのまにか、11時半になっていた。遅くなりすぎた非礼を詫びな
がら、たんぼり氏、MR.BRANCH 氏、ジョージBB(^_8) 氏、やすひこは、山
の家に引き上げた。

 山の家の玄関を開けてみて、びっくりした。なんと、広間のようなと
ころ(ストーブが置いてある)の隅に、2つの人形が置いてあるのだっ
た。あ、人形と見えたのはまちがいで、ちゃんとした人間だった。ごめ
んなさい。

 シュラフというのだろうか、からだを半分くらい潜り込ませて、その
まま眠るものである。何だか偏平な芋虫を連想させる。彼らは、私たち
が山の家を出てから潜り込んできたにちがいない。9時半は過ぎていた
と思う。こんなに遅くまで山道を歩いてきたのだろうか? ちょっとま
ともな神経では考えられない行動だ。「山屋」というのは、こういう人
たちのことをいうのだろうか・・・なんとなく薄気味悪い。やはり、こ
の世の中でいちばん恐いのは、人間だろうと思う。山屋の人たちには悪
いが、こんなふうにしてまで山に登る気持ちがちっとも理解できないの
だ。

 しかし、しんと静まりかえった建物の中を歩くのは、何とも肩身が狭
い。パソコン通信などという、都会だけで通用するような代物を山の奥
にまで持ち込んできたことを、暗に咎められているような気がした。

 実際、ノート型パソコンを大事に小脇に抱えて雨の中を小走りに移動
するさまは、ちょっと不信感を抱かせるに充分だ。

 私たちは闖入者のごとくからだを小さく折り畳むようにして、それぞ
れの部屋に消えていったのだった。


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 第5章    <霧の中>

 5月4日の朝、それは私だけについていえば、まったくの孤独な朝で
あった。

 MR.BRANCH 氏をはじめ、みんなそれぞれ朝まづめの釣りを楽しんでき
たのである。ひとり取り残されたやすひこは、そのころ、毛鈎の夢を見
ていた。

 これ以上はないという優雅な出来栄えの毛鈎をまいた。さあ、これを
もって釣りに望めば、大漁まちがいなしである。

 で、やすひこはまず長良川郡上八幡に合流する吉田川を攻めることに
した。4月の終わり、奥美濃の遅い桜も終わりを告げようとしているこ
ろである。畑佐の近くに降り立ったやすひこは、まもなく軽快にテンカ
ラを振りながら釣り上がる。流れにはまだ冬のなごりがうかがえるが、
それでも、あちこちで魚が跳ねている。天子魚だろうか。やすひこの手
に、自然と力が入る。

 小さな巻き返しをもつ淵尻に出た。

 まず淵の開きから攻める、というのが定石だが、やすひこはかまわず
に淵に流れ込んでいる部分から大胆にも流心に向かってまっすぐに毛鈎
を落し込んだのである。

 一度目は、何の反応もなかった。

 2度目、同じコースに毛鈎を落としたとき、白泡の中から、凄い水し
ぶきがあがった。来たっ!

 条件反射のようにやすひこの手首がしなり、そしてその反動で竿が弓
なりに曲がった。ギュンギュンと竿先が絞め込まれる。天子魚にしては
凄い引きだ。ふつうの天子魚なら簡単に宙を飛んできて、タモに収まっ
ているはずなのに、この魚は異常に力が強い。もしかして、この淵の主
ではないのか・・・

 それにしても、1投目からは出ないで、2投目で出てくるところが憎
い。どんな面構えをしているのだろう。まちがっても、ウグイなどであ
っては困るのだ。

 最初の抵抗は、しかしすぐに弱くなった。なんだ、やっぱりウグイな
のか・・・不安でいっぱいになったやすひこの目に、真っ白な魚体がす
うっと近づいてきたのであった。あっ! 岩魚だ。それはあまりにも真
っ白な岩魚だった。いや、正確に言うと、少し紫がかっていたかもしれ
ない。

 今までに見たこともないような奇麗な魚体だった。と思った次の瞬間、
やすひこの手元に強烈な衝撃が伝わってきた。岩魚が最後の抵抗を試み
たのだった。水面でバシャバシャと大きく跳ねた。

 このときのちょっとした油断で、魚はまた流れの真ん中まで潜り込ん
でしまった。今度は何としても上げねばならない。もう相手はわかって
いる。ウグイなどではなく、正真正銘の岩魚なのだ。手首に力が入りす
ぎるのを何とか堪えながら、あぁ、やっぱりこの毛鈎がよかったのだな、
と感慨にふけっていたとき・・・

 「いちろうさんからお電話ですよぉ〜〜〜」という非情な声で、無理
やり現実の世界に引き戻されてしまったのであった。うわぁ〜〜〜ん!!!
 いちろうさん、何すんねんなぁ! しゃ、尺上の岩魚がぁ・・・

 その電話にはK++氏が出てくださったけれど、あのとてつもない大
物は、完璧に夢の中の青い淵に逃げ込んでしまったのである。あ〜〜〜
あぁ・・・

 やがて、出立してゆく人々の気配で完全に目が覚めてしまった。

 広間に出ると、たんぼり氏が起きてきた。とすると、今朝抜け駆けを
したのは、ジョージBB(^_8) 氏とMR.BRANCH 氏である。

 で、釣果のほどはというと、これがまたなんというか、MR.BRANCH 氏
がちゃんと釣ってきてしまったのであった。得意満面のMR.BRANCH 氏の
陰をこそこそと隠れるようにして食堂棟のほうに姿を消したジョージBB(^_
8) 氏の後ろ姿は、一生涯やすひこの瞼から消えることはないであろう。

 しかし、さすがのMR.BRANCH 氏も、今朝は表情がもうひとつ冴えない。

 釣れるには釣れたのだが、なんと、それは虹鱒だったという。

 「虹鱒ではねぇ〜〜〜」という誹謗中傷の声を予想してのことだろう、
MR.BRANCH 氏には山の家に帰ってきたときから、やや身構えたような気
配があった。そりゃそうだろう・・・ここは天下の献上鮎を育んだ(?)
美山の流れの最源流部である。そんな凄烈な流れの中に竿を出して、虹
鱒ごときを釣っていたというのでは、ちょっとおもしろくないのだ。

 その気持ちはわからないでもない。しかし、MR.BRANCH 氏は、もっと
大切なことを忘れている。

 そうなのである。ジョージBB(^_8) 氏のことだ。彼は、そういう外道の
極致であるといってもいい虹鱒でさえも手にすることができなかったの
である。もう、これ以上は書くまい。

 ジョージBB(^_8) 氏のこの無念はいつの日に晴らされるのだろう。この
想いが生き霊となって、FFISHの会員に祟りをなすというようなこ
とはよもやあるまいか。

 なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・

 こんなところでぶつぶつ言っている場合ではなかった。


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 第6章    <遡行>

 さあ、釣りだ!

 その前にまず食事をとる。例の食堂棟で、シンプルな朝ご飯だった。
けれども、山の食事は美味しい。おかずの中に、景色そのものが一品入
っている感じだ。自然と食欲が盛んとなるのか、あとから食べに来た人
たちの卵が足りない(?)という珍事まで発生した。卵の恨みは恐い・
・・

 朝の食事が終わって、子供たちが木工組合に出かけるのを見送ってか
ら、われわれも釣りの支度をした。

 今日はどちらへ行こうかという点で、まず意見が分かれたが、昨日の
状況では本流はあまり望みがないみたいなので、支流の特設漁区に入っ
てみようということになった。ここは、芦生のなめこ生産組合が管理を
している釣り場である。

 京都大学芦生演習林の事務所の手前で、左手から合流している支流で
ある。合流点付近はあまり魅力的な川とは言いにくいのだが、案外ここ
でも型を見ることができるのかもしれないという。

 ジョージBB(^_8) 氏は、今日は夕方の琵琶湖つづらお荘での合同OLM
に備えて、釣りはせずにすぐに出発するということであった。お疲れさ
までした。ちっともいい目ができなくて・・・

 みんな口ではそんなことを言っているが、とくにやすひこなどは、も
うすこしちがったことを思い描いていたのであった。これでジョージBB(^_
8) 氏はリタイアしたわけである。ということは、もしもこの先やすひこ
がボ*ズになったとしても、すでにお友達は確保してあるわけだから、
安心していていいわけである。

 さあ、いよいよ出発である。今日のメンバーは、MR.BRANCH 氏、たん
ぼり氏、MASA氏、やすひこ、の4名。K++氏は、昨日来熱があるとか
で、無理はやめておくことにしたという。残念だ。ルアーで冷たい雨の
中を丹念に攻めていただいたが、結局彼のルアーは一度も閃光を発しな
かったのであった。

 さて、特別漁区の券を買って、まず3人で出発した。MR.BRANCH 氏は
余裕であろうか、子供たちを木工組合まで連れていって、面倒をすこし
見てから来るそうである。券を買ってから川への道をしばらく雑談しな
がら歩いていると、坂道を転げるようにして下りてくるMR.BRANCH 氏の
姿が見えた。

 「どうしたのですか、MR.BRANCH さん?」

 「どうしたって、べつに、さあ、釣りましょう」

 これだけで事態が把握できた人は、FFISH賞もんである。

 そう、MR.BRANCH 氏は至極まじめに坂道を下ってきたのであったが、
見るほうの目に曇りが多少入っていたせいもあって、「転げ落ちるよう
に・・・」という表現になってしまったのであった。乞う、MR.BRANCH
氏、恩赦、特赦、大赦・・・

 さっそくMR.BRANCH 氏も入川券を買いに走っていった。


432/439 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(22)
(20) 91/05/27 01:26


 今日は何がなんでも釣らねばならぬ! という非情な覚悟でもって、M
R.BRANCH 氏以外の3人は心持ち俯きかげんに歩みを進めた。どうして、
昨日はMR.BRANCH 氏だけに天子魚が出たのであろうか?

 彼の毛鈎がそんなによかったのかどうか。それとも、出てきた魚を鈎
に掛ける技術が、練習の成果もあって、MR.BRANCH 氏だけ特別に上達し
ていたのか。はたまた、MR.BRANCH 氏の選んだポイントに狂いがなかっ
たのか。

 いやいや、そんなことがあるはずがないっ! というのが、ほかの3
人の偽らざる感想だったにちがいない、と、私は今でも確信しているの
だが・・・

 それにしても、今日は妙にプレッシャーがかかる。どうして、こう緊
張するのだろう? 昨日、あまりにも凄いものをこの目で見てしまった
からかもしれない。それにしても、「バケツの天子魚」、これは強烈で
あった。びくを持っていなかったMR.BRANCH 氏は、鈎掛かりしたままの
天子魚をぶら下げて、あの青少年山の家までの急な坂道を上ってきたの
である。

 今日の川割りについては、ちょっとそれぞれの思惑があったみたいだ。
その気配を察したらしいたんぼり氏は、さすがに先達の余裕というもの
だろう、さっさと足元の土手の下へと消えていった。

 あと、残るは3人である。

 目指す支流に掛かる橋を渡ったすぐ上に、3人ともまず入ることにし
た。さあ、これから支度を始めようとしたときに、K++氏が車でやっ
て来た。

 「MR.BRANCH さん、宿泊費の清算をしてくださいって!」

 おお、神の声である。(ブランチサン、ゴメン!)

 かくして、MR.BRANCH 氏がいなくなった河原には、MASA氏とやすひこ
だけが取り残されたのであった。たんぼり氏はすぐ下の流れを釣り上っ
てきているはずである。しばらくは顔を合わすこともあるまい。

 ところが、であった。

 「やあ、魚が少ないねぇ・・・」

 ぎゃっ! と心の中で叫んだやすひこであった。たんぼり氏がこんな
に早く釣り上がってくるとは夢にも思っていなかったのに、いったいど
うしたことだろう?

 「思ったよりポイントが少ない・・・」

 たんぼり氏は呟いている。

 それにしても速い足の持ち主だ。さっきはずっと下の土手を滑り下り
ていったはずだったのに、もう追いついてしまった・・・

 MASA氏とやすひこは、まだほとんど釣りをしていないのだ!

 とくに、やすひこは、今日は新しい道糸で釣ろうということで、MASA
氏の釣りを眺めながら、仕掛けを作っていたのである。まだ、一度も竿
を出していないのだ。

 気を取り直して手前の流れに毛鈎を落としてみるが、まったく反応は
ない。もうひとつ下手の流れに振り込んだとき、すっと出てきた影があ
ったのだが、あまりにも小さすぎた。

 「いないみたいですね」

 やすひこも、とうとうしびれを切らした。

 では、3人で交互に釣り上がっていきましょうか? たんぼり氏の提
案である。ごもっとも。

 まずたんぼり氏が先に立つ。見ていると、たんぼり氏の釣り方はまっ
たく無駄のないものだった。昨日ちらっと見せていただいたが、しかし、
晴天の下で見ると、またひと味ちがって見えるから、不思議だ。

 ここぞ、というポイントを無駄なく正確に攻めていく。そして、場所
の見切りが実に早い。見切りが早いというか、第1級のポイントしか竿
を入れないのだ。これでは速く釣り上がることができるのも肯ける。

 たんぼり氏の後に、MASA氏が続いた。この人もまた、振り込みのスタ
イルはかなりまとまっている。狙うポイントも、まちがってはいない。

 そうして、最後にやすひこが行くのであった。

 私はもはや今日の釣りを諦めていた。3人で交互に釣り上がるといっ
ても、かなり狭い川である。楽に徒渉できるし、徒渉してしまえば、そ
のポイントは、絶対に駄目である。そして、前後のポイントもまず見込
みはないであろう。

 そんなことは川に入る前からわかっていたはずなのに、やすひこには
そのことを言い出す勇気がなかったのだ。しかし、そのことを口にした
からといって、それがどうだというのだ。ほかに適当な釣り場があった
というのか?

 本来、川割りというのは、その川のあらゆる釣り場に精通したベテラ
ンがすべきことである。それなのに、今回の場合は、美山川に関しては
ズブの素人たちばかりが川に入ってしまったのであった。

 しかたがない、たんぼり氏やMASA氏に好きなように釣っていただこう。


433/439 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(23)
(20) 91/05/27 01:26


 やすひこは、もう最初から今日の釣りに関しては諦めていたのかもし
れない。釣りを始める前から諦めていては、魚が釣れないのは、あたり
まえである。この辺りの精神的な部分が解決されないかぎり、やすひこ
の釣りに未来はない!! ・・・のであろうか。

 ともかく、たんぼり氏、MASA氏、やすひこの順番に釣り上がる。

 最初川に下り立ったところのほうがポイントらしくて、だんだんと移
動していっても、なかなかこれといったポイントには行き当たらないの
であった。

 相変わらず、たんぼり氏の釣りは軽快だ。

 何の苦もなく石ころだらけの河原を歩いてゆく。相当の年期が感じら
れる。

 MASA氏の釣りも丁寧で、そつがない。見ていて、好感のもてるスタイ
ルを、すでに確立している趣がある。

 それにしても、やすひこの竿は曲がらない。

 予定では、もういくつかのアブラビレが手中に収まっているはずだっ
たのだが。

 川が蛇行し始めた。

 たんぼり氏の姿がときどき見えなくなる。いくつかのポイントを残し
て釣り上がっているな、というのがわかる。

 どこのポイントが手付かずに残されているかは、ちょっとわからない
が、それでも、かなり一級のポイントくらいしか、たんぼり氏は竿を入
れていないみたいだ。つまり、それは、たんぼり氏の意地であるのかも
しれない。

 ポイントらしいポイントで魚の出ないような川は、相当荒れてしまっ
ているということが言える。そういう場合、ふつうの人なら、スレた魚
を何とかして掛けようとするものだ。しかしながら、たんぼり氏はちが
った。

 地元広島の川がどうなのか、やすひこにはわからないが、第1級のポ
イントで魚が出ないような川では無理をしてまで魚を掛けようとしない。
そこまでして釣りをしなくてもいい、そういう感覚がこの人にはあるよ
うに思える。

 そこまでしなくても、地元の川ではそれなりに楽しむことができてい
るのかもしれない。あるいは、半分は心の中を流れている川で、自身を
遊ばせていらっしゃるのかもしれない。

 そういうメンタルな釣りを楽しむだけの素地が、たんぼり氏の中には
ちゃんと備わっているのだろう。

 そういうことを考えてみると、近畿の川で釣りをしている私たちは、
かなり不幸の度合が深いのではないか。

 余裕をもって魚と戯れる、そういう釣りがしたいと思わないではない
が、もはやそれさえ難しいほど、近畿の川が荒れてしまった、というこ
となのだろうか?

 あぁ、こんなことを考えていると、ますます釣りに身が入らなくなる。
何とかしなくては・・・

 しばらくたんぼり氏とMASA氏の姿を追いながら釣り上がってゆくうち
に、徒渉地点に来た。

 すぐ渡ってしまえばいいような、細い流れである。

 しかし、悲しいかな、やすひこはどこまでも寂しい釣りをしてしまう。
さきほどたんぼり氏やMASA氏が徒渉したと思われる浅い流れに、何と竿
を出してしまったのである。

 一応瀬になっている流れではあるが、何とも細い。水しぶきが上がっ
ても、くるぶしの上にぴしゃっとかかるかどうかというような状態であ
る。

 最初、私は無造作にその流れを渡ろうとしたのだが、何となく気にな
って、つい竿を出してしまった。

 しかし、いったん竿を出すとなると、中途半端な探り方では気に入ら
ないので、丹念にその辺り一帯に振り込んでみる。

 ほんとうに小さな、その瀬の瀬脇のような場所に振り込んだときであ
った。それは、ついに来たのである。

 ガックーーン!

 びっくりするほどの大きな衝撃が、竿先を走った。

 そして、連続する魚の手応え・・・

 そうなのだ。ついに「彼女」が姿を顕したのだ。

 いま、「顕」という漢字を使ったが、まさにこの文字でなければなら
ないような気がした。「顕在化する」という、文字通りの意味を伝える
にはどうすればいいのか・・・

 しかし、多くの言葉を費やす必要はない。少なく語れば、一つ一つの
言葉の重みは、増してゆくのである。いったい、言葉をいくら費やそう
としても、表現できないと感じる事柄が、この世の中にはたくさんあり
すぎる。釣りにおける、釣れた場面の描写なども、その典型的な例であ
ると思う。

 来た、振った、釣った。

 それだけで、いいのかもしれない。

 しかし、それでは、先人の言葉に、もはや私たちが付け加えるべきも
のは何一つとして残されてはいないはずだ。

 それなのに、いつのときでも私たちは「自分の言葉」を見つけだそう
とする行為を諦めはしないのだ。


434/439 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(24)
(20) 91/05/27 01:27


 今、計らずも私は「自分の言葉」という表現を使ってしまった。不用
意な、とお感じになった方もあることだろう・・・

 「自分の言葉」などもはや存在しないのではないか、という気がして
いる自分を見出すことは、いつでもとても簡単なことなのだ。そして、
文章表現についての多くの先達たちの意見の中にも、そういう意識を見
つけることは難しくはないのである。現代において、自分の言葉などど
こにあるというのか。この、深い絶望感から、人はあらためて出発して、
こうして書いているのだ。

 「手垢にまみれた表現」という表現もある。

 言葉そのものについていえば、もはや新しいものは何もないであろう
という気がしても、それはまちがっているとは言えないと思う。もう、
言語表現に関しては、新しさというのは一つの価値判断の材料ではあり
えなくなってきているのだ。

 ここに、現代の書き手の絶望感と不安、そして苛立ちがあるのだ。

 もう何も書くことがなくなってしまった、と思わせるような文章を書
いた人は、最高の賞賛を一身に浴びることになるかもしれないが、しか
し、それで終わりなのではないかという不安感をいつも抱いてゆくこと
になる。自分もあのような素晴らしい文章を書きたい。しかし、待てよ、
あのような完璧に近いものを書いてしまったとしたら、そのときで自分
は終わりになってしまうのではないだろうか。

 そんな不安に苛まれながら、しかし、私たちはそれでも書きつづけて
ゆくのである。

 竿に来たのは、山女魚だった。

 この、たった1行にも、作者の万感が篭められていることがあるもの
なのだ。

 思えば、MR.BRANCH 氏がテンカラでの初釣果を上げた昨日、それは天
子魚だったのである。

 天子魚と山女魚・・・一見したところ、朱点の有無だけしかちがいが
見出せないような魚が、沢の釣り師にとっては、非常に微妙な心理状態
を演出してくれるのである。

 それにしても、山女魚なのだ。

 断じて、誰かのように山女魚ではない!!!

 この1点に、釣り師はどこまでもこだわるべきなのだ。

 「朱点のついた、厚化粧をしたような魚は要らないッ!」

 ことあるごとにそう叫んでしまうようになった自分が、いつのまにか
目の前にいたのであった。

 この心境に至るまでの細き一筋を、今MR.BRANCH 氏は懸命に辿ろうと
している。彼は、もはやこの渓流釣りの深い淵の中から逃れ出ることは
できないであろう・・・

 とにかく釣れた! ここまでは、いい。しかし、そのあとが問題だ。

 やすひこは確信する。MR.BRANCH 氏が、「山女魚」を釣りに行きまし
ょうよッ! といって電話を掛けてくる日も、そう遠くはないはずであ
る、と・・・

 山女魚・・・かくまで美しい魚の名前があろうか・・・

 その昔、海と行き来していた名残を今もなお留めつつ、しんとした流
れの芯に揺らめいている魚・・・

 MR.BRANCH 氏よ、やすひこは山女魚を釣ったのであるよ。天子魚では
ない。断じて、天子魚ではないのだ。前回の文章を注意深く読んでいた
だいている方の中には、あまりにも悪意に満ちた伏線が張られていたこ
とに対して、憎悪の念を抱かれたかもしれない。それはおそらく、当然
すぎる感情なのではあるまいか。

 そのことがわかっていながら、それでも書いてしまう性・・・それは
釣り師が共通に身につけてきているものなのではないのか。MR.BRANCH
氏よ、やすひこを怨むことなかれ!

 怨まれるべきは、鈎に出てきた、天子魚と山女魚なのである。

 毛鈎はがっちりと、山女魚の上顎に掛かっていた。もはや疑いようの
ない事実を竿先にぶら下げて、やすひこは河原をひたすら走った。やす
ひこの父は樵である。樵の息子は、やはり山を縦横に走り回るのである。
猫柳の枝を避け、茨の茂みをかき分け、あるいは、崩れかかった斜面を
飛び移る・・・

 やすひこは、走った。河原を全速力で走ったのは、じつに久しぶりで
あった。

 糸の先には上顎にがっちりと毛鈎を銜えた山女魚がぶら下がっている。
体側に奇麗に並んだ8つのパーマーク。青みを帯びた気品溢れる姿態。
その魚体は、やすひこの手元で宝石のように煌めきながら、この2日間
の時の流れを遡上するがごとくに身をくねらせている。

 おぉーい!

 たんぼり氏とMASA氏がこちらを振り向いた。

 50メートルも走っただろうか、ようやくの思いで、二人に追いつい
た。

 「やっと釣れましたよ」

 自分の声にどうしても力みの出ていることが、気になる。焦ってはい
けないのだ。平常心、平常心・・・

 山女魚を1尾釣ったからといって騒いでいたのでは、「レベルライン
・テンカラ」に汚点が残ってしまうのだ。

 しかし、嬉しいものは嬉しいのだ。この気持ちの昂ぶりを素直に表現
できないような雰囲気・・・これが渓流釣り独特のものなのかどうかは
わからないけれど、しかし、いやしくも渓流に入ろうというほどの者は、
山女魚1尾にこだわってはいけないのである。

 しかし、しかし、「たかが山女魚1尾、されど、山女魚1尾」なので
ある。


435/439 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(25)
(20) 91/05/27 01:27


 「ネ、魚体に朱点がないでしょ! これが山女魚なんですよね。天子
魚だと、この辺りに厚化粧をしたみたいな朱点が散らばっているんです
けど・・・」

 たんぼり氏もMASA氏も、いやいやながらハリスの先にぶら下がってい
る山女魚に視線を当てたのであった。

 「ふうん、やっぱり、山女魚だねぇ・・・」

 MASA氏もしげしげと見入っている。

 「こんなのがこの川にはいるんですね。頑張って釣らなくちゃ!」

 そうなのだ。MASA氏にはぜひとも「アブラビレ」を釣り上げていただ
かなくては・・・
 ふたたび、3人とも自分のペースで釣り始めた。

 しばらく行くと、大きな堰堤があった。もはやこれまでである。

 さてもさても、こうなっては、高巻きをするしかない。

 一度林道まで出ないといけないのかどうか、ちょっと思案のしどころ
だ。

 ここで、しかし、やすひこは知ったげによけいなことを口走ってしま
ったのだ。

 「あ、ほら、あそこに道がついていますよ。あれを通れば、簡単に堰
堤の上に出られるんじゃないかな」

 「うん、そうかもしれないね」

 たんぼり氏は、何事もなかったみたいに言う。

 ほんのすこし引き返して、早速堰堤の上に出るはずの通路を歩いた。
コンクリート製の通路で、この堰堤ができたときに保守管理用に設けら
れたものなのだろう。まもなく、堰堤の上に出た。

 「あれっ! 下りる道がないや」

 3人一緒に叫んでいた。

 なんと、その通路は堰堤の上まで来ているだけで、そこから先がなか
ったのである。しかも、堰堤の下は今流行の砂に埋もれることもなく、
ふか〜〜〜い淵となっているのである。もちろん、背は立たない。

 ・・・

 そういうときはどうするべきか・・・やすひこの場合は、ほとんどの
場合、さっさと引き返して、一端林道まで戻るほうを選ぶのである。

 一般的には、そうするのがふつうだと思う。だいたい、大きな怪我や
事故というのは、どう考えても無茶としかいいようのない行動をとった
ときに発生するのだ。

 私が引き返そうとして、振り返ったときであった。

 ズルッズルッ・・・と音がしたので、ふたたび振り返ったとき、そこ
にはたんぼり氏の姿がすでになかったのであった。

 「おぉ〜〜〜い! たんぼりさ〜〜〜ん」

 と叫びだす直前、やすひこは、足元に10匹の大きな芋虫がうごめい
ているのを見つけたのであった。その「芋虫」こそが、じつはたんぼり
氏のなれの果ての姿であったのである・・・というのは嘘で、ナ、なん
と、たんぼり氏は、後ろ向きに堰堤の水の流れ出しへと、ほとんど垂直
のコンクリートの壁を滑り降りていたのだった。

 もちろん、背丈より高い壁である。頭の上に腕を突き出して、それで
何とか指先が上に届く、というほどの高さなのだ。

 しかも、流れ出しの部分にはかなりの勢いで水が音を立てている。堰
堤の下は深くえぐれており、滝壷になっていた。もちろん、轟々と音を
立てている。先ほど下から見上げていたはずの場所は、水しぶきに霞ん
で見えない。

 あぁ、ここから落ちると、すぅっと他界へと旅立つことができるのか
もしれないな・・・

 ぼんやりとそんなことを考える。妙に時間が長く感じられる。

 「さ、やすひこさんも、降りて」

 親切なたんぼり氏の声が下から届いてくる。恐る恐る下を見ないよう
にして、からだをずり降ろそうとした。ズルッズルッ・・・ズズーッ、
バシャッ! あぁ、何でこんなところを降りているのだろう?

 続いて、MASA氏も降りる。

 それにしても、私はたんぼり氏の一面を覗き見た想いがして、しばら
くは言葉が出てこなかった。

 たんぼり氏は何事もなかったように、仕掛けを出している。

 「さ、行きましょうか?」

 (教訓! FFISHちゅうのは、恐ろしいところです・・・)

 気を取り直して釣りを試みるが、どうもいけない。MASA氏の調子も悪
いみたいだ。ひとり、たんぼり氏だけは、依然として快調に竿を振る。
「マスターライン・ホワイト」の描く美しいループが、遠目にもよく見
えるのである。

 なかなか、魚が出ない。

 たんぼり氏とMASA氏の姿が視界から完全に消えてしまったころ、やす
ひこはひとりの世界に浸り切っていこうとしていたのである・・・

・・・が・・・何というか・・・


436/439 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(26)
(20) 91/05/27 01:34


 ガサッ、ゴソッ・・・

 ???

 ビシッ、バシッ・・・

 ??????

 山親父(ちなみに、「熊」のことネ)かぁ・・・と、その異様な音に
驚いたやすひこの視界の端っこに姿をあらわしたのは、何を隠そう、わ
れらがMR.BRANCH 氏であった!!!
 「で、出た〜〜〜!!!」

 と叫びたいのを必死の思いで我慢して、にっこりと笑って見せるやす
ひこなのであった。

 しかし、(・・・それにしても、「しかし」の多い文章である・・・)

 しかし、MR.BRANCH 氏が立っているのは、何と先ほど3人が顔を寄せ
集めて、この世への別れの言葉を模索していた、まさにその同じ地点な
のであった。

 「やすひこさん、ここ、まっすぐ降りたのぉ?」

 「そうじゃ、前を向いて、せぇのぉっ! ちゅう感じで飛び降りるん
や」

 「・・・」

 「今、本気にしたぁ?」

 「え? うん、ちょっとね」

 「まさか、本気やないやろねぇ?」

 「でも、ここから降りたんでしょ?」

 「そう・・・」

 「ふうん、だったら、私もここから降りる」

 「ちょ、ちょっと待て!」

 「どうしたの?」

 「ん? あ、いや、いま、下で補助してあげるから」

 「うん・・・」

 何だか煮え切らないMR.BRANCH 氏だった。

 「それじゃ、降りますね」

 というが早いか、彼はさっさと前向きで降りてこようとしたのである。

 「こらぁ! 後ろ向きやないとあかんがな!」

 必死にアドバイスするやすひこ。かたくなに前向きになったまま降り
てこようとするMR.BRANCH 氏。息詰まるような接近戦のうえ、ようやく
二人は堰堤上流の流れのほとりに降り立ったのであった。

 「なぁ、MR.BRANCH よ、今の堰堤のことやが、たんぼりさんは一人で
降りたんやぞ」

 「・・・」

 「どない思う?」

 「・・・」

 「ん? 聞こえへなんだぞ」

 「ニンゲンヤナイ!」

 MR.BRANCH 氏はそれだけ言うと、きっと口を三角に結んだまま、しば
らくは身じろぎさえしなかった。

 ここにきて、ふたたび4人での釣りとなった。

 MR.BRANCH 氏が、ちょっとした淵で粘っている。やすひこは、MR.BRAN
CH 氏の存在に気がつかなかった振りをして、通り過ぎようとした。

 「やったぁ!」

 背後に沸き上がる、無気味な声・・・まさか・・・

 「ふっふっふっ 今日も釣れたでぇ〜〜〜」

 おもわず、やすひこは耳に両手の指で蓋をして、その場にしゃがみこ
んでしまいそうになったのだった。

 振り返ると、MR.BRANCH 氏の手元には、哀れな天子魚がぶら下がって
いる。どう見ても、毛鈎に飛び付いてしまったようだ。あぁ、不幸なる
かな、口あるものよ・・・

 「やすひこさん、何だか、もうテンカラのコツを覚えてしまいました
よ。いやぁ、釣れるもんですねぇ・・・」

 MR.BRANCH よ、その気持ちをいつまでも大切にするがいい・・・

 やすひこはありったけの気持ちをこめて、心の中で念じたのであった
が、果たして、その願いは届くのであろうか・・・

 これで、いよいよMASA氏のプレッシャーはきつくなってしまった。

 「いいですよ、竿が出せただけでも満足していますから」

 と言ってはいるが、心の奥深くに刻み込まれたものが、いっぱいある
ことだろう。

 こんなとき、たんぼり氏はじつにうまく話の接ぎ穂をすり替えてしま
うのである。

 「うん、美山には魚がいなかった。それだけですよ。今度機会があっ
たら、鳥取県の千代川辺りにいらしてください。きっと釣れますよ」

 なお釣り上がるが、その後MASA氏の竿にはとうとう魚が出ないままだ
ったのである。

 お昼前に、納竿とした。

 MASA氏の残念そうな顔が、おそらく一生脳裏から離れないことだろう
・・・


437/439 NBG00431 やすひこ 琵琶湖OLM、渓流の部報告(27)
(20) 91/05/27 01:34


 エピローグ  <ああ、遥かなるかな、山の釣り>

 本来、このエッセイは、もっともっと続くのでる。

 しかしながら、やすひこにおける時間の推移と、世間一般の時間の推
移とでは相当のずれが生じてきていることを知ったのである。

 もはや、躊躇はしていられない! 速やかにこのエッセイを終わらせ
るべきである。

 ほんとうなら、この章にも、もっとたくさんのことを書きたかった。
けれども、すべてを書いてしまうのは、かえってよくないかもしれない。
書かれてしまえば、もうそれ以上のことは書かないでもいいのだから・
・・

 このエッセイの続きを、またいつの日にかあなたがたは目にすること
であろう。それはこの先の日々のメッセージの中にあるかもしれないし、
また、まとまったものとなって会議室の未読を増やすことになるかもし
れないのであるが、いずれにせよ、今回の琵琶湖OLM、渓流部門の報
告は、これをもって挫折中断というかたちで完結したことにさせていた
だくのである。

 このメッセージをダウンロードされた方、及び、ここまでお読みいた
だいた方のすべてに感謝する。

 最後に、皆さんが今後も永遠に夢を持ち、それを語りあえる、そんな
釣り人でありつづけられんことを祈りながら、筆を措きます。

 1991年5月26日 やすひこ






【付録 琵琶湖OLM 淡水部門スケジュール】


081/082 GCA01437 Mr.BRANCH 琵琶湖OLM淡水スケジュール。(長文)
(20) 91/04/25 23:31 コメント数:1


 こんにちは。Mr.BRANCHです。

琵琶湖OLMまであと10日ばかりになりました。日頃ネット上でしか会った事の
ない人たちと出逢う事ができます。楽しみですね。
それでは、待ち合わせの件に続き、確認のために琵琶湖OLM淡水部門のスケジュ
ールについてご連絡させていただきます。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
            OLM淡水部門スケジュール
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【参加者】5月3日分(敬称略)
 
     たんぼり    4名
       MASA      4名
       やすひこ    1名
       K++     1名
       ジョージBB(^_8) 1名
      Mr.BRANCH   4名
--------------------
       合  計   15名


【待ち合わせ】

 *標語:「のんびり安全運転で!!」(^_^)

   (車組1陣)名神高速 京都南インター出てすぐの吉野屋 AM7:00
         *メンバー:たんぼり、やすひこ、K++、ジョージBB(^_8)、
               Mr.BRANCH
         *朝早くてすみません。

   (車組2陣)山の家に直行していただきます。
         *メンバー:MASA
         *ゆっくり、安全運転で来て下さいね。(^_^)

    注)電車組の参加者は今の所ありません。


【昼食】

・AM10:00 上桂川の上流 広川原辺りに到着。
         昼食の足しにするため、その近辺で子供達と一緒にしばらく山
         菜取りを楽しみます。(たんぼりさんよろしくね。)(^_ー)
         昼食は「ハンゴウスイサン」です。みんなでYYGG準備をし
         ましょう。(カレーを作ります。)

         *広河原での釣りは、時間が余りないため、山菜取りに変更し
          ました。
         *ハンゴウスイサンの費用は、割り勘にします。
          大人700円、子供300円位でいかがでしょうか。
          材料他は準備しますので気楽に参加して下さい。。
         *できるだけレジャーシート(敷物)を持参願います。

・PM2:00  昼食後しばらく休憩した後、美山に向けて移動します。
         芦生青少年の家はもうそこです。

・PM3:00  山の家到着。(車組1陣と2陣が合流します。)
         玄関の熊の剥製が歓迎してくれます。
         子供達や遠方からおいでになられる方が多いです。ゆっくり休ん
         でいただきましょう。
         夕食まで、自由時間です。
         *大人の有志の方で、夕マヅメの絶好期を狙って釣り上がりませ
          んか?
          美山の初日を、華々しい釣果で飾りたいですね。(^_^)

【夕食】

・PM6:00  釣りを終えて、みんなで夕食です。
         山の家で京都の山村の味に舌づつみ。
         *夕食後、みんなで歓談しましょう。
          フライマンはいませんので(^_^)、みんなで気楽に毛針巻きを
          しましょう。(たんぼりさんいいですよね。)
          K++さん、やすひこさんとのパソコン談義も楽しいでしょ
          う。
         *たんぼりさんが、音響カプラーを持ってこられます。
          これで、山の家からもパソ通できますね。(^_^)
          みんなで、オンラインダービーに名乗りを上げましょう。
         *夜の交歓会の費用は一人1000円位でいかがですか?
         *山の家では、相部屋になります。MASAさんの家族とたんぼり
          さんの家族で一部屋、その他のメンバーで一部屋になります。

   注)芦生の朝夕は冷え込みます。気温が10〜15度位になります。
     長袖のシャツと、セーターは持参して下さいね。

   ○●山の家の宿泊費は、3食付きで大人4000円、子供3500円程度です。
     *若干プラスαが有るかも知れませんが。

------------------  <<<<< 2日目 >>>>> -------------------

【朝食】

・AM7:00  山の家で朝食。
朝食後、朝マヅメを狙って釣り上がりましょう。(お昼まで)

・AM9:00 子供さんと希望者は木工組合で、遊んでいただけます。
木工遊びが終ったら、近くの釣り堀で鱒釣りを楽しんでもらい
         ます。(どんな大きな魚を釣っても、1匹200円です!!)
         *木工組合の方は、ジョージBB(^_8)さんの釣り会のお仲間です。
          たいへん気さくな方ですよ。(^_^)

【昼食】

・PM0:00  山の家に戻って昼食。

・PM1:00  昼食後、のんびり美山の景観を眺めながら移動開始。
         一路琵琶湖の北部を目指します。小浜経由で行きます。

・PM4:00頃 つづらお荘到着。
         合同OLMに突入!!各種アトラクションで楽しみましょう!!
         *他部門の人たちに釣果の自慢ができるかな?
         *その後の内容については、合同OLMの内容通りです。
         *総勢50名の大規模なOLDになります。積極的に交流を深
          めましょう。

------------------  <<<<< 3日目 >>>>> -------------------

・合同OLMの内容の通りですが、お昼のバーベキューを行う「角川ファミリーレ
 イク」で、オンラインダービーの結果発表があります。
 また、お子さん向けには、宝探しも企画されていますよ。
 *渓流師の腕の見せ所とばかりに、昼食用の魚の確保に気合いを入れすぎると、
  買い取り額の多さに目をむきますよ。(^_^)
  ここは大物が多く1匹300〜400円になります。(ご参考)
  フライも振れますが、止水ですのでテンカラはちょっと苦しいですね。

・散会後は、東に帰られる方は北陸道の「敦賀インター」、西に帰られる方は舞鶴
 自動車道を利用されるのが、あまり混まずに移動する方法のようです。

*遠方のため来れない方、都合がつかないため来れない方、非常に残念です。
 フィッシィング・ダービーで一緒に「大物賞」を狙いましょうね。(^_^)

                                Mr.BRANCH



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