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 1951年(昭和26年)千葉県で発見された約2,000年前の種子を発芽させた蓮。当時発掘調査を行なった大賀一郎博士にちなみ、大賀蓮と名付けられた。

 この蓮の種子発見のいきさつは非常に興味深い。当時、東京大学検見川厚生農場となっていた土地で草炭の採掘をしていたところ、偶然丸木舟が発掘された。その後も丸木舟と蓮の花托が見つかったことから、蓮の種子が埋もれているのではないかと、当時関東学院大学非常勤講師だった大賀一郎博士が蓮の種子発掘を試みることになった。1951年3月末に発掘を行ない、最終日前日の夕方になって、やっと1粒の種子が見つかった。そのため調査期間を延長して発掘を続け、2粒の種子を発見された。これら3粒の蓮の種子のうち、1粒が無事に生育し、翌年(1952年)の7月18日に開花したのである。この蓮の花の写真が同年11月の米国ライフ週刊版1952年11月3日号に掲載された。

 奇跡的に見つかった古代の蓮は、大賀一郎博士の名前を取って、「大賀蓮」と名付けられた。

 この大賀蓮の発見によって、日本において花蓮の研究や栽培が進むことになった。それまでは、日本の蓮は、全国に自生していたものと、寺社のなかで大事に受け継がれてきたものと、食用の蓮根を採るために栽培されてきたものなどがあった。寺社で栽培されていた蓮は門外不出の扱いとされていたものが多く、一般にはほとんど知られていなかった。食用蓮根のための蓮は、もともと花を咲かすものではなかったので、花蓮の世界とは異なるところにあったといえよう。仏に蓮花を奉る、など、一般人にはそういう場所で蓮と接していたと考えられる。

 ところが、大賀蓮の発見によって、蓮は園芸植物として注目を集めるようになったのである。田舎のどこの池にも夏になると赤や白の花を咲かせている蓮のなかにもちょっと変わった花がある、あのお寺の池に夏になると咲く蓮の花はなかなか綺麗ではないか……。蓮に関心を持つ人々がそのつもりで周囲を眺めるようになったこともあるのだろう、花蓮に関する情報がだんだん増えていって、花蓮研究会のようなものもできていったようである。

 大賀一郎博士は、発芽した大賀蓮の蓮根を分けて増やしていき、全国に栽培適地を求めて、分根していった。今では全国各地に大賀蓮が栽培されているといってもよいくらいである。しかしながら、蓮は、その種子から発芽させると、親の蓮とは異なる形質を備えている場合が多い。ピンク色だったのに、新しく成長した蓮は白色になったりすることも珍しくないという。したがって、蓮の品種をそのまま受け継ぐには、蓮根で増やすのがいちばんである。分根(「分根」と表現するのは、種子からではなく蓮根を分けて増やしたことをはっきりさせるためである)ではなく、種子をもらってそれを発芽させた場合(もともとの大賀蓮の発見は種子であるのだが……)、元の蓮と同じ花が咲くかどうかわからない。

 しかし、大賀蓮の種子であることはまちがいなのだから、その種子から発芽した蓮も大賀蓮であると信じる人はいる。種子により広まっていった「大賀蓮」も一定数あったようで、2000年に京都フラワーセンターで大賀蓮の展覧会があったとき、展示された「大賀蓮」のなかには、誰が見てもちょっとどうかなと思う「大賀蓮」が混ざっていた。私も当時の大賀蓮の数々を収録したCD-ROMを後日見たのだが、実に個性的な「大賀蓮」があって驚いたことを思い出す。

 今回の大賀蓮の写真は、私が過去約20年間に撮り溜めた約5,000枚の中から選抜した。撮影場所は約20か所に及ぶが、最も多いのは和歌山県美浜町の大賀池で、約2,000枚。ここには昭和37年に千葉県教育委員会より大賀蓮が分根されており、3年後には大賀蓮保存会が結成され今日まで保存活動を続けている。「大賀池」の名前の由来は、大賀博士がこの池の造成と蓮の蓮根の移植に直接関わったからであるという。この大賀池のあるのは美浜町で、その隣の御坊市に住んでいた故阪本祐二氏が大賀博士の弟子だったことで、当地への大賀蓮の分根となったようである。阪本祐二氏は、大賀蓮の2,000年前という年代設定に疑問が呈されたとき、大賀蓮やその他の蓮の花粉の形態を研究して、古い時代の蓮の特徴を持っていると発表したそうである。

 この大賀池のほか、新潟県十日町市の弁天池及び宝泉寺、滋賀県野洲市の弥生の森歴史公園、埼玉県行田市の古代蓮の里、滋賀県草津市の水生植物公園「みずの森」などが主な撮影地である。案内板に大賀蓮と名前があっても、そこの蓮は大賀蓮ではないようだ、といわれている撮影地については、今回の写真には入れなかった。

 大賀蓮の分根の際、蓮根が他の品種の蓮と取り違えて送られたこともあるらしく、千葉県より大賀蓮を分けていただいた……と書かれているところで、実際に咲いている花がどうも大賀蓮ではないと思われるケースが数か所あるようだ。あるいは、大賀蓮を育てている個人から分根されるときにも同様の行き違いが起きていることがあるらしい。蓮は春さきに芽が出る頃に分根するので、葉も花もまだ出ていない。池や鉢から掘りあげた蓮根に札を括りつけたりして管理しているのだろうが、大賀蓮だけの作業をするのであればまず問題はないが、多くは他の品種の分根も同じ時期に行なうことになるので、その時にどうしてもまちがいが起きてしまうようである。しかし、蓮根を送られた方はこれがあの有名な大賀蓮だと思って大事に育てることになる。そして花が咲いたらどうもようすがおかしい……ということもあるわけで、その時に気がつく人もいれば、また気がつかずにずっと大賀蓮だと信じて育てている人もいることだろう。