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 滋賀県草津市の琵琶湖岸(赤野井湾)に咲いていた地蓮。

 いつのころからか、琵琶湖の烏丸半島の付け根にある赤野井湾には、夏になるとピンク色の蓮が咲くようになった。数十年前には蓮の花は咲いていなかったと記憶しているという人もいる。2000年ころにはすでに琵琶湖岸の蓮は有名だったようで、屋形船を出して観蓮する催しもあった。

 滋賀県草津市立水生植物公園「みずの森」ができたときには、琵琶湖岸に通じる夏だけの出入り口があって、季節になるとみずの森の蓮や睡蓮を鑑賞したり、湖岸に出て地蓮を眺めたりと、ずいぶん贅沢な時間を過ごすことができた。夏になると湖岸はびっしりと蓮の葉で埋め尽くされ、その緑の上に無数の莟が立ち上がってくる。旅行社のパンフレットには50万本の蓮が花開くと宣伝されていた。年によって蓮の咲きかたは一定ではなかったが、7月下旬の最盛期には湾内一面がピンク色の花に被われた。みずの森の裏門を出たところからは、湖岸の蓮の向こうに近江富士といわれる三上山が望まれる。朝靄の中にぼうっと霞んでいる三上山を背景にピンク色の蓮の花を眺めるのは至福のひとときだった。私は近くに住んでいるので、朝、ここの蓮群落を眺め、写真を撮ってから出勤するということも珍しくなかった。

 ここの蓮は、開花の時期は比較的遅いほうではないかと思う。咲きはじめるのは7月に入ってからで、7月5日よりも早く開花しているのを目にしたことはほとんどなく、例年7月20日を過ぎるころからがピークだった。7月下旬から8月上旬までの10日間ほどが最盛期で、毎日無数の莟が開き、4日目を迎えた花が散っていく。一日のなかでも、咲きはじめるのはほかの蓮よりもやはり遅いめで、朝7時頃にいちばんたくさんの花が開くのだった。朝暗いうちに起きだして見に行ったことがあるが、6時頃になってもまだ開いていく途中だった。湖岸を、写真を撮りながら烏丸半島の先のほうまで歩いていって、また戻ってくると、すこし開花が進んでいるなと実感できるほどだった。朝7時頃から10時ころまでがピークで、その後は、1日目と2日目の花は閉じていく。ピンク一色だった湖面に緑色がすこしずつ増えていくのだった。

 ところが、2016年の春、そろそろ蓮の新芽が出るころになっても湖面には何の変化もなかった。これはなんだかおかしいなと思って、みずの森に行ったときにその話をしたら、みずの森でも今年はようすがおかしいことはわかっていて、ようすを見ているということだった。その後、6月になっても新芽は出てこず、当然花は咲かなかった。草津市では大学の研究者などに調査を委託したが、その報告書には、すぐに再生させることは困難であると記されていたようである。なお、この調査報告書は草津市役所で閲覧はできるが、目視による閲覧のみで、報告書のコピーなどは許可されていない。報告書の概要版が市役所のホームページに載せられている。

 数十年間にわたって私たちの目を楽しませてくれた蓮だが、あっという間に消滅してしまった。いくつもの原因が重なって消滅したのだろうが、残念でならない。調査報告書概要版でもふれられていたが、蓮群生地の水深が近年ずっと深いままになっていることも原因の1つであろうと推測されている。蓮の生育に水は必要だが、ずっと水に浸かったままというのでは駄目なようである。かつては冬の時期は水深が一定以下に下がっていたのだが、数年前から深さが維持されるようになった。そのために、琵琶湖におけるコハクチョウの飛来の南限地とされてきた草津市の琵琶湖岸(みずの森の近くである)に、コハクチョウが寄りつかなくなってしまった。水深がありすぎると、コハクチョウが水底の餌を摂ることができなくなってしまうのである。琵琶湖の水深を維持するというのは行政の判断である。当然必要な理由があっての措置だろうが、環境に与える影響はあるわけで、それに対する何らかの対応がなされたという記憶がない。この点は行政関係者は大いに反省してほしい。

 消滅してしまった蓮がすぐには元に戻らないらしいことはわかったのだが、そのままではあまりにも寂しいので、かつての鮮やかで賑やかだった夏の朝の記憶を想い起して、写真を掲載することにした。