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 日本でもっとも長寿を誇る野生種の桜。

 東北地方から九州まで広く分布する。巨木になり、寿命も長いのが特徴。山梨県の山高神代桜、長野県の素桜神社の神代桜、岐阜県の根尾の薄墨桜など、国指定の天然記念物にも多く選ばれている。もっとも南の地方に自生している江戸彼岸が鹿児島県にあるということだが、私はまだ見たことがない。山の中にひっそりと生きているそうなので、何かの縁でもないかぎり実際に目にすることはむずかしいだろう。しかし、それでいいのではないかと思っている。

 この桜は花そのものよりも、その立ち姿が立派で遠くからでも目につくことから人々に記憶されて残されてきたのであろうと思われる。国の天然記念物に指定されている桜のなかでもとくに多いのが江戸彼岸である。人間とのかかわりのなかで生きてきた桜といえるのだが、台風などでときには枯死の危険にさらされたこともあり、そのときに人間の手によって再生された場合もある。

 この桜の花は、ほぼ白色であるが、京都府立植物園に古くから植えられているある一本は、やや濃いピンク色をしている。「江戸彼岸」とラベルが付けられているのでまちがいはないのだろうが、数年前に植えられた薄墨桜の二世という江戸彼岸はほぼ真白に近い色で、これはちがう品種ではないかと思ってしまうほどである。もちろん、同じ品種であっても個体差は当然あるのだろう。植えられている場所の土のちがいや気候によっても差が生じるかもしれない。ちなみに、京都府立植物園の古い江戸彼岸は、株はかなりの太さだが、樹高は高くはない。江戸彼岸という桜はどこに行ってもかなりの高木に育っていることが多いので、不思議である。

 この品種からはいろいろな園芸品種の桜が作出されているが、似たような形質の花のものはほとんどないのではないかと思う。花だけを見るとそれほど魅力的なものではないと思われているようだ。染井吉野はこの江戸彼岸と大島桜との交配ではないかといわれているが、染井吉野の、枝先にびっしりと花があふれ咲くようすは、片親である江戸彼岸とはずいぶん異なる。枝垂桜もこの江戸彼岸の変異種といえるが、花そのものはほぼ同じであっても、枝垂柳のように枝が長く垂れ下がる姿は、やはり江戸彼岸にはないものだ。枝のようすがちがうだけなのだが、これほどちがうということになればまったく別物の桜といってもいいくらいだ。

 このように、江戸彼岸はどちらかというと見栄えのしない桜だが、野生種の力強さを持っているので、桜の育成管理の世界では大事な品種であると思う。強靭な生命力を受け継いだ新しい桜を作出する可能性が秘められている。山高神代桜は樹齢二千年といわれている。この桜の前に立つと、しばらくは声も出ないほど圧倒されてしまう。たんに長生きしているというだけなのかもしれないが、そこに敬虔なものを感じる心を保っていたい。